記念小説:1
□この恋、きみ色
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「…ここね。」
「そーだな。」
廊下の一番端。
極端に言えば孤立してしまったかのような部室。
周りの教室は空き教室らしい。
メジャーなクラブは一つ下の階に集中している。
「“異文化”、」
「“コミュニケーションクラブ”…」
そう。二人が強制的に入部させられたクラブは、“異文化コミュニケーションクラブ”という全く想像もつかないクラブだったのだ。
もう既に破れて剥げかかっている貼り紙を読み上げて、意を決して二人はそのドアノブに手をかけた。
心底興味ない、という言葉はもちろん呑み込んで、だ。
二人が恐る恐る部室に入ると、僅かに埃が舞う。
そして覚悟を決めて身体全てを部室に入れてしまう直前。突如、眩しい色彩が二人の目の前に飛び出してきた。
「あー!お前らも部員アルか?」
突然下から声をかけられて、妙はぱちくりとその瞳を数度瞬く。
ん?と首を傾げながら見上げてくる少女に、返す言葉もなく固まってしまった。
そのまま数秒。見つめあっていた妙とその少女に、心底やる気のない声がかけられる。
「神楽ー、お前邪魔だよ。二人とも入れないじゃん。」
「あ、ごめんヨー。」
ひょい、と神楽、と呼ばれた彼女がそこから退くと、その奥、部室の端の方に置かれているソファに寝転んでいた男がのそりと身体を起こす。
「なになに、本当に君らも部員なわけ?」
白に近い銀色の髪をがしがしと掻きながら、男は固まって動けない妙と土方を交互にじろじろと眺め、にっと笑った。
「じゃあ、お前らも入学式サボり組なわけだ。」
「違うヨ、私は寝坊アル!」
「変わんねぇよ!」
ぱしんと少女の頭を叩き、彼はまあまあ、と椅子を引っ張り出してくる。
されるがまま、それぞれの椅子に座らされた妙と土方は、正面に陣取った二人をただ見ていることしかできなかった。
「で、多分これで全員だよな。」
「そうアル。ウチのろくでなしの担任が四人って言ってたネ。」
じゃあよろしくー、とやる気のない声と共に男に手を出され、妙は思わずその手を握り返してしまった。
そしてもう一人、少女とも握手を交わした妙は、ようやく固まっていた思考をゆっくりと動かす。
「…え、貴方達、も、このクラブの部員、なの?」
「そーそー。」
「一年、生?」
「そうアルよ!」
「え…、でも四人って……」
あまりの展開の速さについていけない妙がそこまで言いかけると、男はぴら、と一枚の紙切れを妙に差し出した。
「俺らもさっき読んだんだけどさ。このクラブの部員は去年卒業してった奴らが最後だったみてーよ。」
その紙を妙と土方はまじまじと見つめる。
そこには置手紙よろしく、新入生の君たちに後は任せる、と言った簡単な文章が汚い字で書いてあった。
そしてその裏。
全く理解出来ないこのクラブの活動内容が、これもまた簡単に記されてある。
それにざっと目を通し、そして二人は同時に声にならない声をあげた。
「「!!!??」」
ね?お前らもそう思うでしょ?
そう言って呆れた溜め息を付く男に、妙は思わずその紙を引き千切ってやりたい衝動をどうにか抑え、有り得ないわ、と呟いた。
そしてもう一度紙に目を落とし、ゆっくりと心の中で復唱する。
一、クラブは週3回。放課後。この教室で。
一、部室に入ったら必ず部員と挨拶。
一、下刻時間までそれぞれのコミュニケーションを行う。
以上
何とも単純且つ明快。
これだけなら何ら問題はない。
しかし、問題はその下。“注意書き、挨拶の仕方”にあった。
“挨拶の仕方”
一、まず部員と一人ずつハグをする。
出来れば頬にキスが望ましいが、止む終えない場合はハグのみでも可。
一、必ず、「ご機嫌いかが」と調子を窺う。
それに対する返事は自由。(例:「上々だよ。」)
一、コミュニケーションの仕方は基本自由。
相手を理解するためのコミュニケーションが望ましい。
以上
「アホらしい、」
そこまで読み終えると、がたん、と椅子が引く音がする。
すると、土方が心底うんざりした表情で早々に部室を後にしようとしていた。
そんな彼の背中を見て、続いて妙も席を立とうとする。
冗談じゃない。何故知らない人間と異文化のコミュニケーションだかなんだか知らないが、ハグしなければいけないのか。
馬鹿馬鹿しい、と土方と同じように背中を向けた妙に、またも男のやる気のない声がかかった。
「俺だってこんなん馬鹿らしくてやってらんねーよ。」
けどな。そう言うと、背後でがさり、と何かを漁る音がする。
それに二人が振り向けば、男は一冊のクラブ日誌であろうノートを投げて寄こしてきた。
「その一ページ目。それが前クラブ部長。」
男にそう言われ、渋々土方がノートを捲ると。
「…っ!!!??」
どでかい写真とその下に名前。
あまりの衝撃のでかさに土方は思わずその日誌をばさり、と落としてしまった。
「な?やべーだろ?な?」
途端に同意を求めて来る男に、土方はばくばくと煩い心臓を握り締める。
あまりにインパクトのありすぎるその写真。
アップで映るその人物の下には、小さく“ヘドロ”と達筆な文字が並んでいた。
「で、その日誌の最後のページを見てみ。」
あまりの衝撃で動けない土方の代わりに、妙がそれを拾い上げて言われるがまま最後のページを捲る。
するとそこには、達筆な文字でその日の出来事が記されてあった。
“先日、クラブ活動を疎かにしている部員を見つけた。注意を呼び掛けたものの、それから彼は部活にやって来ない。残念。”とある。
そして問題はそのページの右下。
そこには見紛うことなく、真っ赤な液体がべっとりと。
「………、」
「な?やべーだろ?な?」
絶対食われたアル。と、ぶると小さな身体を震わせて、少女はソファに座りポケットから酢昆布を取り出して齧り始めた。
「しかもその日誌に寄ると、月に1回、前部長がクラブの状況把握のために視察にくるらしいんだよ。」
そこで俺らがまともに活動していないとバレてみろ。
全員仲良く腹の中だ。
そう言ってくるり、と背を向ける男に視線を移しながら、妙と土方はごくりと息をのんだ。
ああ全く、なんて厄介な。
「というわけで。俺は1−B、坂田銀時。」
「同じく1−Bの神楽アル!」
再度ずい、と差し出される手を、妙らは今度こそ拒否できるはずもなかった。
そしてその手を盛大な溜め息と共に握り返す。
「1−A、志村妙です。」
「1−A、土方、十四郎。」
「「これからどーぞよろしく、」」
彼らの新生活は、こうして幕を開けた。
end
きっと夢中にさせるから(銀妙)
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