記念小説:1
□きっと夢中にさせるから
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きっと夢中にさせるから
あれから数日後。
部活動は週三日ということで、月、水、金がクラブの日と決定した。
その曜日の放課後、部室に集まる。
「取り敢えず挨拶だけすりゃ、後は自由ってことだろ?何だよ楽勝ー。」
そう行って呑気に欠伸する銀時を余所に、妙と土方は深い溜め息をついていた。
この先が不安で仕方がない。
入学初日にして、部活動で青春するという夢は儚くも崩れ去ってしまった。
そんな不安だらけの初日が終わり、週末を迎えて、今日。
遂に部活動第一日目が始まろうとしていた。
「…先に来てるのが神楽ちゃんならいいんだけど。」
妙は部室の前に佇み、僅かに眉を顰める。
四人が新しい部員となってから決めた新たなルールはこうだ。
挨拶、つまりハグは一人とだけやれば成立する。
その相手は先に部室にいた相手と。二人以上いる場合はどちらかを選べる。
最初に着いてしまったものは、次に来た相手と強制的に。
つまり。既に部室に神楽がいるのなら、他に銀時や土方がいても神楽を指名できるのだ。
「女の子同士の方がまだ抵抗がないわ。」
土方くんならまだしも、あの坂田って人だけは絶対に嫌。そんなことを思いながら妙は意を決して部室のドアノブを握った。
第一印象からして妙は銀時のことをよく思わなかった。
やる気のない態度。何を考えているのか分からない、掴み所のない性格。
はっきり言ってしまえば苦手、だ。
「それになんだか…、」
そこまで言うと、妙はふるふると頭を横に振り、ぐっと手に力を込めてノブを回した。
神楽ちゃんっ。そう小さく胸の中であの小さな少女を呼ぶ。
そしてガチャリ、と部室の扉が開き。そこで妙は大きく落胆することになる。
「おー、いらっしゃいー。早かったな。」
思わず部室を飛び出してしまいそうになった。
しかし、寸での所でぐっと踏み止まる。ここで逃げたら負けのような気がして。
妙は心の中で盛大な舌打ちをしながら、一歩一歩近づいてくる彼を見上げた。
「んな、警戒すんなよ。銀さん泣いちゃう。」
「いっそ泣かしてあげましょうか。」
ああ、苛々する。
妙は嫌な顔を少しも隠しもせず、彼、銀時をきっと睨み付けた。
「残念。俺、そーいう趣味はねぇの。」
どっちかって言うと、泣かす方だから。
そう言ってへらへらと笑う銀時に、妙は無視を決め込んでその横を通り抜けようとした。
が、勿論それを銀時が許すはずもない。
「ちょい待ち。」
「何ですか。」
ぐっと妙の腕を掴む手に力がこもる。
「何か忘れてない?」
そう言ってにっこりと笑う銀時に、妙は拳の一つでもくれてやりたくなった。
「正気ですか?」
「まぁ、部活は部活だし。」
ルールは守んないとね。
そう言うが早いか、妙の反論も余所に銀時はその身体をぐいと引き寄せた。
「ちょっ…と、待って……っ」
その行動に慌てて妙が制止の声をあげる。が、時すでに遅く。
「『ご機嫌いかが?』だっけ。」
「…っ………、」
気が付けば妙は、予想以上に大きい銀時の腕の中にすっぽりとおさまってしまっていた。
「…返事は?」
「………………、」
妙は答えない。
が、答えない限り、銀時はどうあっても離す気はないらしい。
ぐっと更に腕に力が込められ、またその距離が縮まる。
妙は今にも爆発してしまいそうな自分の心臓をぎゅうと握り締めた。
怖い。
銀時の腕の力がますます強くなり、ぐっと唇を噛み締める。
段々と熱が集まってくる顔を必死で誤魔化しながら、なかなか出てこない声に舌を鳴らした。
苦手だ。本当に。
だって、どうしたらいいのか分からない。
妙はぐるぐると廻る思考に必死でついて行こうともがくが、もうどうしようもない。
「志村、」
耳元で銀時の声がする。
それだけで妙は泣き出したい気持ちでいっぱいになった。
こんな感情、知らない。
「………です、」
「何?」
「最悪ですっ!」
妙は一言そう言うと、一瞬の隙をついて銀時の腕から抜け出した。
それに、あ、と銀時が声を洩らすのも気にしない。
そしてそのまま背を向けると、妙は走って部室を飛び出してしまった。
ばたん、と勢いよく閉まる扉を茫然と眺めながら、当然のことに対処しきれなかった銀時は、はあと一際大きなため息をついた。
「そう簡単にはいかない、か。」
機嫌はどうかと聞いて、まさかそんな返答が返ってくるとは思わなかった。
どさりとソファに腰を下ろして、徐々に熱くなっていく顔を手で覆う。
「あーあー。何照れてんの、俺。」
腕の中の感触がなかなか離れない。
真っ赤な顔で睨み上げてきた妙を思い出す度、胸が苦しくなる。
「何だってんだ、本当。」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き回して、銀時は厄介だ、と一人呟いた。
end
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