記念小説:1
□きみ攻略マニュアル
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きみ攻略マニュアル
「銀ちゃん、トシちゃんは私のだからネ。取っちゃやーヨ。」
神楽が部室に来ての第一声はこれだった。
銀時は、それを呆れた目で眺めながらまたソファに深く身体を沈める。
「取らねーよ。つか、いらねーよ。」
男なんか。
そう言って再度昼寝をしようと目を閉じると、途端に上半身に重しがかかった。
「…ぐっ、神楽!何すんだっ。」
「銀ちゃんは姉御以外に興味ないアルか?」
うっすらと瞳を開けると、自分の上に跨っている神楽の姿。
きょとん、と首を傾げながら爆弾を落としてくるこの少女に、銀時はすぱんとその小さな頭を叩くことで返した。
「はっきり言うな!」
「えー。…でもそうなら安心アル。」
これでトシちゃんは一人占めネ。
そう言ってにこにこと微笑む神楽に銀時は呆れかえって大きな溜め息をつく。
「大体、何でアイツなんだよ。」
「分かんない。けど、一目惚れってやつアル。」
銀ちゃんと一緒。
そう言ってにやり、と笑う神楽に、本日二度目の銀時の鉄拳が飛んだ。
「一番乗りネ!…って、あれ?」
ばん、と勢いよく部室の扉を開けた神楽はそこでの光景に首を傾げる。
「あれ?銀ちゃん、トシちゃんももう来てたアルか?」
「お前が遅いんだよ。」
「姉御は?」
「もう帰った。」
部室へ入ると、椅子に座って機嫌が悪そうに窓の外を見る土方と、更にご機嫌斜めでソファに寝転ぶ銀時の姿があった。
「今日の一番乗りは?」
「アイツ。」
そう言って銀時が親指でくい、と土方を指す。
「じゃあ二番は?」
「志村、」
その声色が若干低くなったのは気のせいなんかじゃないだろう。
「えー、じゃあ姉御はトシちゃんとハグして帰ったってことアルか?いーなー。」
「よくねぇよ。」
「…もしかして、銀ちゃんもトシちゃんと?」
「………仕方ねーだろ!俺が来た時には既にあいつしかいなかったんだからっ!」
「狡いアル!取らないでネって言ったのにっ!」
「取ってねーよっ!!つーか、俺だって嫌だったわ!俺だって志村が良かったわ!」
ぎゃあぎゃあと神楽と銀時が言い合いをしていると、そんな二人を余所に土方はがたりと椅子から立ちあがって机に置いていた鞄を持ち上げた。
「トシちゃん、帰るの?」
「あぁ。今日はマヨネーズの特売日だからな。」
何だそれ、と銀時が呟く間もなく、そう言うと土方は早々と帰る支度を済ませ、そのまま部室を後にする。
そんな土方を神楽はじっと見つめていたかと思うと、何を思ったのか、ばっと銀時の方を振り返り、そして勢いよく飛び付いた。
「…っ、いって!」
「『ご機嫌いかが?』アル。」
「………普通だよ。」
「よし!じゃあまた明日ネ!」
そう言うが早いか、神楽は猛スピードで部室を後にした。
取り残された銀時はやれやれと溜め息を付くと、当番制になっているクラブ日誌をぱらと捲った。
「今日も全員出席、と。」
そして窓の外に顔を出し、走る桃色を見つけて小さく笑みを漏らす。
「俺も見習わねーとなー。」
「トシちゃん!」
足の速い土方にようやく追い付いて、神楽はその背中に声をかける。
その声に土方はぴた、とその足を止めると、そのまま神楽が駆け寄ってくるのを待ってやった。
「…どうした?」
「私も、一緒に帰ってもいいアルか?」
「いいけど、」
そんな必死に走らなくても。そう言う土方に神楽はえへへ、と笑ってその隣に並ぶ。
あまりに一生懸命走ったせいか、神楽の髪はぐちゃぐちゃになっており、土方はこっそりと笑みを零した。
「一言言えば、待ってやったのに。」
そう言うと、手櫛で神楽の髪を簡単に整えてやり、ぽんぽんと頭を叩く。
その行為一つも嬉しいらしく、神楽は更ににっこりと微笑んで、くる、と回った。
「私、トシちゃんと同じクラスが良かったナー。」
隣のクラスとはいえ、やはり遠い。
部活でしかほとんどまともに会話も出来ないことに、神楽は不満げにそう漏らした。
それに土方も、そうだな、と返してやり、でも、と付け加える。
「ウチの高校は、クラス決めはほぼ成績順だろ。」
「マジでか。」
「まぁ、公にはしてねーけど。」
土方らの高校は、クラスは成績順で振り分けられていた。
しかしカモフラージュとして、成績順と言っても、A、B、C、ではなく、A、C、Eと一つ飛ばし。
そしてそれに続いてB、Dと続く。
「Bは…下から、二番目アル。」
指でA、C…と数えながらがっくりと項垂れる神楽があまりにも残念そうな声を出すもんだから、つい土方はその頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてしまった。
「まぁ、隣なんだし。いーんじゃねぇの。」
「だめアル!一緒がいいの!」
そう言うと、小さな頭ががばり、と勢いよくあげられる。
大きな瞳に下から見上げられて、土方はうっと言葉に詰まった。
「……なら、来年のクラス替えでお前がAにくりゃいいだろ。」
「無理アル。トシちゃんがBに来ればいいネ。」
「勘弁してくれ……、」
不公平アルー、と更に不満を口にしながら歩く神楽を土方はやれやれと見つめる。
そして危うく電信柱にぶつかりそうになるその身体をぐいと引き寄せて、見上げて来る神楽にごほん、と一つ咳払いした。
「俺が、勉強教えてやるから。」
諦めんな。なんて言葉はさすがに出てこなかったけれど。
それでも途端に嬉しそうに神楽が笑うもんだから伝わったことにしておこう。
「来年は一緒のクラスになろうネ。」
「先は長いけどな。」
ぴょんぴょんと跳ねながら少し先を歩く神楽に、すっかり絆されてしまったと土方はこっそり溜め息をついた。
いつの間にやら自分は彼女のペースに乗せられてしまったらしい。
「今日の特売日、お前も付き合えよ。」
一人三個までなんだ。
そう言って微笑む土方に、神楽はにっと笑うことで返してやった。
「授業料、先払いネ。」
一時はどうなることかと思ったけれど、なかなか高校生活も悪くない。
そんなことを思いながら土方は、彼女の瞳と同じ色彩を持つ、真っ青な空を見上げた。
end
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