記念小説:1

□ずるいから好きです
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ずるいから好きです




妙は困り果てていた。

「志村さん。好きです、俺と付き合って下さい。」

入学してこれで何度目だろう。
その度に妙は僅かな罪悪感を抱きながらも丁寧に断り続けてきた。
が、今回はそう簡単にはいかないらしい。

「ごめんなさい。」
「誰か、他に付き合ってる人でもいるんですか。」
「そういうわけじゃ…」
「なら、俺とも考えてみて下さい!」
「…でも、」
「じゃあ好きな人でも?」
「いない、ですけど…」
「なら……っ、」

ああ、面倒臭い。
いっそ、拳で黙らせてしまえばいいのだろうか。
妙はこっそりとそんな物騒なことを思いながら、何とかその震える拳をゆっくりとおさめた。
が、しかしこれでは埒が明かない。
無理だと言っているのに。でもはっきりとした理由が見つからない。

「俺、本気で志村さんが…」

段々と相手の声も聞こえなくなってきながら、妙はぼんやりと彼の先程の言葉を思い出した。
じゃあ好きな人でも?か。

「…好きな、人……」

ぽつり、とそう言葉を漏らすと、一瞬、ほんの一瞬頭の隅をあの銀色が過ぎる。
…なっ!それに驚いて、妙は慌てて首を横に振った。
有り得ないわ!よりにもよってあの男を思い出すなんて。
無意識に現れたその人物に妙は顔を赤くして必死に否定する。
違うったら。

「志村、さん?」

すっかり意識を飛ばしていた妙に、男子生徒が心配そうに声をかけてくる。
それに何でもないの、と答えながら、さてどうしたものかしら、と小さく溜め息を零した。
と、その時。

「あれー。お前こんな所で何やってんの。」
「…坂田くん!」

いきなりひょっこりと階段から顔を覗かせた銀時に思わず声をあげる。
まさか、このタイミングで。最悪だ。
妙はどうしてかこの状況を銀時に見られたことが嫌で、咄嗟に顔を背けてしまう。
が、銀時はそんな妙には気付かない様子で、若干不機嫌そうな様子で階段を下りてきた。
そして、その男子生徒の肩に手を置き尋ねる。

「何?お前、志村の彼氏?」
「ちょっ、坂田くん…っ、」
「違、うけど。」
「ならこれ以上コイツにちょっかいかけねーでくれる?」

これ、俺んだから。
その言葉は底冷えするかのような低音で直接男子生徒の耳へと送られる。
それにひっ、と引きつった声をあげて、彼は慌ててその場から走り去ってしまった。
その様子を妙は茫然と眺めながら、へたり、とその場にしゃがみこむ。

「大丈夫か?」
「え、えぇ。ちょっとびっくりしちゃっただけ。」
「アイツに、何か変なことでもされたか?」
「違うわ。」

まさか今の今まで思っていた人物が突然現れるとは思わなかった。
妙は途端に早鐘を打つ心臓を叱咤して、同じようにしゃがみこんで妙を心配そうに見つめる銀時を見上げた。

「坂田くんは、こんな所で何やってたの。」
「俺?俺は屋上で昼寝。」

確かに。銀時からは僅かだが太陽の匂いがした。
きっと太陽の光に照らされて、その髪はきらきらと綺麗なんだろう。
そう思うと、無意識に手が伸びていた。

「え、…ちょっ、志村?」

途端に銀時の慌てた声が聞こえて、妙ははっとなる。
そして慌ててその手を離して咄嗟に、ごめんなさいと謝った。

「私…っ、無意識に……!」
「いや、別にいいんだけど…」

びっくりして。
そう言って顔を赤くする銀時につられて妙もその表情を赤らめる。
馬鹿馬鹿!何やってるのっ。
無意識に伸びた手は、あろうことか、そのまま銀時の髪をやんわりと撫で、する、とその頬を滑った。
自分でも信じられないその行動に、妙は内心逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。

「ごめ、んなさい…」
「いや、本当。俺もぶっちゃけ嬉しかったっつーか、驚いたっつーか、」

だから気にすんな。そう言ってがしがしと頭を掻く銀時に、妙は熱くなる目の奥に気付かない振りをした。
ああもう、最悪だ。
それから僅かな沈黙があって。
どうしたものかと困り果てる妙に、ふいに銀時が口を開いた。

「…なぁ。」
「え?」
「あの、さ。…今、ここで、今日のクラブ活動、やってもいいか。」
「…え、」

一瞬、銀時が何を言っているのか理解できなかった。

「お前、今日欠席だろう?」
「そう、だけど。」

妙は今日、予定があってクラブには参加できないことになっていた。

「なら、今ここでクラブ活動しちまえばいーんじゃね?」
「…それって、どういう……」

そこまで言って、妙は思わず息をのんだ。

「………っ、」

目の前が真っ暗になったかと思うと、ぎゅう、ときつく抱き締められる。
それに耳まで煩くばくばくと心臓が鳴り響いた。

「さ、かた…くん、」

全身が熱い。
抱き締められた部分が焼けるように熱かった。
そして、やはり銀時の髪からは僅かに太陽の優しい匂いが香り、妙の鼻孔をやんわりと擽る。
それに思わずうっとりとしかけながら、それでも妙はどくどくと鳴り響く心臓に堪らなく叫びだしたくなった。

「志村…、」

その声にきゅう、と胸が苦しくなる。

「坂田、くん…」

目の奥がちかちかと熱い。
気付けば、妙の腕は銀時の背中へと回っていた。

「………っ、」

こうなれば次に慌てるのは銀時である。
まさか抱き締め返されるとは思っていなかったため、一瞬にして顔に熱が溜まる。
やばいやばいやばい!何がやばいかって、もう全てが大変なことになっていた。
それでも腕の中の彼女を手放すなんて到底出来るわけもなく、むしろこのままずっと腕の中に閉じ込めておきたい気持ちでいっぱいになる。
どうしようもなく叫び続ける心臓をどうにか宥めようと奮闘するも、片口でまた、小さく、坂田くん、と呼ぶ声が聞こえて更に心臓は苦しさを訴えた。
ふわり、と彼女の甘い匂いが銀時にまで届く。
それだけで理性なんかどこかへ飛んでいってしまいそうだった。
が、ぎりぎりの所でどうにか止め、その腕をゆっくりと緩める。
そして心の中で大きく深呼吸しながら、その大きな瞳をじっと見つめ返した。
すると、耳に届く小さな声。

「…ご機嫌、いかが?」

妙の唇が小さく震えた。
それに思わず口付けたくなる気持ちを必死に抑え、銀時もまた言葉を紡ぐ。

「志、村………す…」

銀時がそこまで言うのと同時、二人の間を裂くかのように容赦なくチャイムが鳴り響いた。
それに二人は同時にびくりと身体を揺らし、慌てて互いから離れる。
そしてぱくぱくと声にならない言葉をどうにか振り絞り、ゆっくりと立ちあがった。

「じ、じゃあ。…授業、始まるから、」
「お、おう。」
「もう、行くね。」
「…おう。」

そう言うと、妙は俯いたまま銀時に背を向ける。
それを黙って見送りながら銀時がその場から動かずにいると、ふいに妙がくるりと振り向いた。
それにどきり、と心臓が跳ねる。

「あ、あの。…さっきは、」

困ったような、どうしようもないような、複雑な表情。

「ありがとう。」

その言葉が先程告白されていた彼女を助けたことへの感謝だということは痛いくらいに理解できた。
が、うっかり違う意味で捉えてしまいそうになり、思わず銀時は、え、と言葉を漏らす。

「じゃあね、」

そう言うと、妙は今度こそ振り向きもせずにぱたぱたとその場から去っていった。
それを茫然と眺めながら一言。

「狡ぃ、な…、」

俺ばっか舞い上がってるみてぇだ。
そう呟きながらも、銀時は緩む頬を抑えきれず、自分もまた教室へと足を向けた。






   end



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