記念小説:1

□その笑顔は反則だから
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その笑顔は反則だから




「おはよう、土方くん。」
「はよ、」

がたん、と隣の席の椅子を引く音がして目を向ければ、案の定彼女の姿があった。

「今日も早いのね。」
「志村こそ。」
「だって今日の数学、当たるんだもの。」

でも分からないところがあって。
教えてくれる?とノートを見せてくる妙に、土方は快く了承した。

「さすが土方くん。先生の説明なんかよりよっぽど分かりやすいわ。」
「そんなことねーよ。それなら志村の英語の方がすごいと思うけど。」

まだ朝も早いせいか、教室にはほとんど生徒はいない。
時折窓から入ってくる風に吹かれて妙の髪がさらさらと靡いた。
それを横目で見ながら、土方はその光景に思わず見惚れる。

妙の第一印象は素直に綺麗な奴だ、と思った。
自分と同じように教室の扉の前で名前を探す妙に、多分魅かれたんだと思う。
一人の人として。

「なぁ、志村。」
「なあに?」

全て説き終わったノートを机の中に収め、妙は土方の方へ視線を向ける。

「前から聞きたかったんだけど。」
「うん。」
「何でお前は入学式、行かなかったんだ?」

ずっと気になっていて、しかし今まで聞くタイミングもなく過ごしてきた。
ようやくきっかけが掴めたとばかりに土方がそう問えば、妙はほんの僅か、寂しそうな表情を見せる。

「それ、は…」

それにすぐに気付いた土方は、しまった、と内心己を叱咤した。
軽く聞いていい話題ではなかったのかもしれない。
我ながらなんて無神経なんだと慌てて妙を制止する。

「いや、やっぱりいい。」
「え…?」
「言いたくないなら、言わなくていい。ごめん。」

慌てたようにそう言われ、あからさまに落ち込む土方を見て妙は思わずくすりと笑ってしまった。

「違うの。ごめんね。」

言いたくないわけじゃない。

「聞いて、くれる?」

そう言ってにっこりと微笑む妙に、土方は僅かに頬を赤らめて、ああ、と返事を返した。
こういう彼女のさり気無い優しさに、尊敬する。

「私ね、弟がいるの。」
「………、」
「小さい時に母が他界して、数年前に父も。」

そう言って微笑む妙は今にも消え入りそうで、土方は無意識にぎゅうと拳を握り締めた。

「でも親戚の人たちが何かとお世話してくれてね、中学までは通わせてもらえて。
 けど、私本当は高校なんて行く気なかった。働いて、少しでもお金を稼いで、新ちゃんを、弟を不自由させないようにって。
 周りの人たちはみんな気にせず高校に行けって言ったわ。嬉しかった、けど、そんな贅沢も言えなくて。」
「志村…、」

彼女がクラブ活動の合間に放課後、バイトをしていたのは知っていた。
それはただ自分のお小遣いのためなのだろうと勝手に思っていた自分が恥ずかしい。

「でも結局、みんなの後押しで高校にも行かせてもらえることになってね。
 それで、入学式の当日。弟が風邪、引いちゃったの。たまたま親戚の人たちもみんな仕事でいなくて。」
「だからその日は風邪引いた弟の看病で入学式に出られなかった、と。」
「うん。弟は行けって言ってくれたんだけど。」

たった一人の肉親だ。とても大事にしているのだろう。
そんな弟を一人、家に残して行くなんて妙はどうしても出来なかった。

「それが入学式に行かなかった理由。」
「………そっか、」

彼女が人より大人びて、そして凛と綺麗なのはそのせいだったのだと土方はぐるぐると頭の中で妙のことを考えた。
が、そんな土方に妙は何でもないように明るく話題を変える。

「さ!私の話はこれでお終い。ねぇ、土方くんの理由は?」
「俺?」

聞かせて。
そう言ってにこにこと笑う妙に、土方もつられて笑みを零した。

それから二人で他愛のない会話を続けていると、ふいに妙がじっと土方を見つめてきた。
それに土方は首を傾げると、妙はぽつり、と一言。

「ねえ、思うんだけど。土方くんと坂田くんって、どことなく似てると思わない?」
「…なっ、」

思わず立ち上がって抗議しようと腰を浮かす土方を妙が制す。

「あ、見た目とかじゃなくて。」

見た目だけなら土方くんの方が随分とかっこいいもの、とそう言う妙に何と言って返したらいいのか分からず、土方はゆっくりと腰を降ろした。
奴と似てるだなんて冗談じゃない。
土方は頭の中でへらへらと笑うあの男を思い切り吹き消した。

「どこ、が…」

声が思わず引き攣る。

「どこ、っていうか。中身?見た目とか性格とかじゃなくて、もっとこう深い所。」

そう言いながらまじまじと土方を見つめる妙に、何だか釈然としないまま、うんと唸った。
自分はあんなへらへらしていない、と叫びだしたい気持ちで一杯だったが、何かを一生懸命に考える妙の姿を見てやめる。

「ねえ、坂田くんってどう思う?」
「…どうって、」
「何考えてるのか分からないじゃない。」

だから、坂田くんと似てる土方くんに聞けば少しは理解できるかと思って。
そう言って、ね、と同意を求める妙に、土方は今度こそ返事が出来なかった。

「いや、俺だって分かんねぇ。つーか、分かりたくもねぇ…」
「…そうよね、」

途端にしょんぼりと肩を落とす妙に、土方はいよいよ困り果ててしまった。
そこまで落ち込まれると罪悪感がひしひしと。

「いや、でも。何で志村はそんなにアイツのことを気にして、」
「え、…なっ!気になんて、してな…っ、」

突然妙ががばり、と勢いよく頭をあげる。
驚いた。
土方は途端に年相応の表情で慌てふためく妙を見て、その目を見開いた。
いつだって人より落ち着いて、大人びた空気を醸し出す彼女の意外な素顔。
それがあまりに幼くて、土方は思わず噴き出してしまった。

「あ、ひどいっ!」
「いや、悪ぃ…、」

くくっ、と笑う土方を真っ赤な顔で妙が抗議する。
が、土方は妙の思ってもみなかった一面を可愛いと思いつつ、それと同時に銀時に少しの殺意を覚えた。

「アイツには勿体ねぇよな。」
「…なに?」
「何でも。」

誰もが憧れ、魅かれる少女の想い人がよりにもよってあの男だとは。
一体何人の男が泣くのだろうと、土方はこっそりとその男たちに同情した。

「でも意外と坂田くんってモテるみたいよ。」
「は?」

アイツが、という言葉は寸での所で呑み込んだ。

「ほら、C組の猿飛さんとか、E組の何とかさんとか…」

そう言って指折り数える妙の指を、思わず握り締めたくなった。
そんなこと気にしなくても、奴はとっくにこの少女以外目に入ってないというのに。

「…もっと、可愛くなりたいわ。」

そう言って、はあ、と溜め息をつく妙に土方は彼女に聞こえないようにぽつりと呟いた。

「もう充分だと思うけど。」

いつの間にか、もうすっかり教室も賑やかになり、HR始まりのチャイムが鳴る。
がたがたとそれぞれの席に着く中、妙も土方の方に向けていた椅子を前へと戻した。
そして一言。

「ありがとね。」

聞いてくれて。
そう言ってにっこりと微笑んだ妙に、僅かだが銀時に嫉妬した。

「本当に勿体ねぇ…、」

その笑顔さえあれば、一発で奴を落とせるのに。
むしろもう這い上がれない所まで夢中にさせているのを彼女は知らない。
泣かしたらぶっ飛ばすぞあの野郎。そう心の中で銀時に中指を立てながら、土方はぼんやりと窓の外を見つめた。

「あ、土方くん。」
「ん?」
「私も、土方くんと神楽ちゃんのこと、応援してるから。」

思わず、椅子からずり落ちそうになったのは言うまでもない。

「土方くん、顔真っ赤。」
「…うるせぇ、」





  end



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