記念小説:1
□公認ストーカー
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公認ストーカー
放課後。部活動の時間。
慣れって怖いな、と妙は心の中でこっそり溜め息をついた。
最初こそ行くのが嫌で嫌で堪らなかったこの部活動も、いつの間にやら当たり前の日常と化してしまっている。
それに今日は足取りも軽い。
「今日は神楽ちゃんだけ、よね。」
銀時も土方も用事があるとかで今日の部活動は欠席になっていた。
ということは自然と集まるのは女の子二人で。
「変に緊張しなくて済むからいいわ。」
はあ、と小さく息を吐いて頭の隅におぼろげに見えた銀色を無理やりかき消す。
がちゃ、と少し錆びついた扉を開けると、向こうから小さな固まりが走って来るのが見えた。
「姉御!」
「神楽ちゃん、『ご機嫌いかが?』」
「姉御に会えたから最高アル!」
部屋に入るなり飛びついて来た彼女を抱きとめ、その小さな身体を抱きしめる。
腕の中でにっこりと満面の笑みを見せる神楽に、妙も嬉しそうに微笑み返した。
「今日は野郎共がいないから、好き勝手できるネ。」
「ふふ、そうね。」
早く早く、とソファへ促す神楽の後ろをついていく。
既にテーブルには様々なお菓子が所狭しと並べられていた。
「すごいわね。」
「全部銀ちゃんのへそくりアル。」
チョコレートにクッキーにキャンディーに。
きっとこれを知ったら彼はすごい形相で怒るのだろうけど。
目の前で笑う小さな彼女にはどうせ敵わないのだから、と妙は申し訳なく思いながらも有り難くその戦利品をいただくことにした。
「そう言えば。神楽ちゃん、昨日の補習大丈夫だった?」
煎餅をばりばりと頬張っている神楽に妙がそう問えば、神楽はごくんと喉を鳴らして右手でピースサインを出して見せた。
「ばっちりアル!」
「良かったわね。」
上機嫌に足を揺らしながらポケットに突っこまれていたくしゃくしゃの紙を妙に見せる。
恐らく昨日の補習テストだろう。
普段の彼女からは考えられないほどの丸の数に、妙はすごいわね、とその頭を撫でてやった。
「ちょっと本気出せば、こんなの楽勝アル。」
「ふふ、土方くんのおかげかしら。」
補習があると聞いて唖然としていた土方に、教えてあげたらと提案したのは他でもない妙だ。
土方の名前を出した途端に固まってしまった神楽を横目で見ながら、妙はその様子を微笑ましく思った。
「ト、トシちゃんには、感謝…してるアル…」
その時のことを思い出したのか、神楽はほんのりとその頬を染めてふいと顔を反らす。
部活動中のこの部屋で、数学のプリントを挟んでぎこちなくも勉強していた二人を妙が満足げに眺めていたことを覚えている。
「また分からないことがあったら聞けばいいじゃない。」
「…でも、トシちゃんも迷惑かもしれないし……」
「そんなことないわよ。快く教えてくれると思うけど。」
迷惑なわけがない。
頼めば顔にこそ出さないが、きっと喜んで引き受けるに決まっている。
「トシちゃんと言えば、」
またくしゃと答案用紙を丸めてポケットに突っこんだ神楽がぽつりと言葉を漏らす。
「この前体育でサッカーやった時に出来た傷。」
「ああ、もう治ったの?大丈夫?」
ぐい、と右足の膝を持ち上げて神楽がそこを凝視すれば、僅かに傷痕は残るものの、すっかり治っている擦り傷が見えた。
外での体育で久し振りのサッカーだと、神楽が大はしゃぎで走り回った結果がこれだ。
A組とB組は合同で体育を行うため、その様子を妙も見ていた。
「あの日の部活で、トシちゃんに怒られたアル。」
土方くんに?と首を傾げる妙に、神楽はこくりと頷く。
「無茶するな、って。」
「神楽ちゃんが怪我したって良く分かったわね。」
「何かね、私の声が一番大きかったんだって。」
確かに白熱して大騒ぎしていたかもしれない。
が、しかし、少し離れたところで同じようにサッカーをしていた彼らにまで聞こえていたのかと言われれば甚だ疑問である。
「そー言えば私も、坂田くんに何か言われた気がするわ。」
「銀ちゃんに?何て?」
「何だったかしら?無駄にジャージを脱ぐな、だったかしら?」
「??何で?」
「さあ。意味が分からなかったから無視しておいたけど。」
「ふーん。変な奴らアルな。」
「そうね。」
と大した疑問も持たずにまた新たなお菓子に手を伸ばす少女二人はその事実を知る由もない。
まさか体育中に熱い視線を送られていたことなど到底想像もつかないことであった。
神楽がサッカーに白熱する度に怪我をしないかとはらはらしていた土方。
妙がジャージを脱いだり汗を拭ったりする度に他の男共の視線がそこに集中することに苛々していた銀時。
陰ながら肝を冷やしていたそんな二人の男のことなど知るはずもなく、神楽と妙は呑気に仲良くお茶を啜った。
クラスが違うからこそ不安な面もある。
自分の目の届かない処で彼女たちに何かあってはとひやひやしている彼らが実は同盟を組んでいることなど誰も知らないだろう。
土方は妙を、銀時は神楽を、それぞれ監視もとい見守り何かあったら互いに報告する。
そんな馬鹿なことを行っていると彼女らにバレでもしたら悲惨な光景にになるのは目に見えているが、幸いまだ知られてはいない。
「このお菓子、美味しいわね。」
「また銀ちゃんからパクってきたら一緒に食べるアル。」
部室に心地良く響く少女二人の甘い笑い声。
土方くんは本当に神楽ちゃんが好きで、心配なのね。
銀ちゃんは本当に姉御が好きで好きで、嫉妬深いアルな。
まるでストーカーだ。
お互いにそんなことを思い合っているなんて知る術もない。
それも愛故。なんて簡単に片づけてしまっても良いものかどうか首を傾げる所だが、目の前の彼女が微笑んでいるのだから黙認してやってもいいだろう。
「神楽ちゃん、クリームついてるわよ。」
「んー?」
「こっち。はい、とれた。」
「ありがと、姉御。」
「どういたしまして。」
そんな彼女たちが、自分たちに向けられた彼らの思いを知るのは、そう遠くない未来。
end
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