この世という全ての始まりが出来た時、初めて生まれたのは神だった。
神はまず細胞を作り、宇宙を作り、隕石を作り、星を作り、その星の中に地球を作った。そしてそれぞれの星に神を配置し、その神は生き物を作り、細胞を作り、そしてまた神を作った。増えすぎてしまった神々はすれ違いが起こり、争い、ある星は絶滅し、そんなことを繰り返しとうとう星の数は二桁になってしまった。
最初の神、ゼウスは言った。
「千年に一度、宴を開こう。親交を深めようぞ」
神にとって、千年というのは地球で言う一年と同じ。寿命がない神にとって一年一年は一日と大して変わりがないのだ。任務から解放され、好きに騒ぐことが出来る新制度を神々は快く受け入れた。それから何千年にわたり宴を通じて各配置に置かれた神に状況を聞き、語り合い、時には愚痴を零し、そうして今に至る。
何度目の宴か。神々はそれぞれ浮かれ騒ぎ、中には暗い雰囲気で語り合っている神もいたが大抵が笑い、騒ぎ、明るく宴が過ぎようとしていた。
「プロメテウスよ、相談があるのだが」
いよいよ宴もたけなわという時に、本能の神、ディオニュソスは顔を真っ赤に染めて――ついでに酒の臭いをまき散らし――プロメテウスの隣に座った。一瞬プロメテウスは顔をしかめたが、すぐに微笑みを返し、首をかしげた。
「ああ、別に構わないが。なんのことだ?」
「おかしく思うなよ、人間のことだ」
ぐっと身を乗り出し、酒臭い息を吐き散らすディオニュソスにプロメテウスははっきりと嫌悪感を露わにした。だが実際にプロメテウスが嫌悪を露わにしたのは、ディオニュソスの口から出てきた「人間」という言葉に気遣いが無用だと思ったからだ。
神々にとって人間などは捨て駒にすぎず、昔から適当に人間を作り、それがたまたま膨大な数になってしまったというだけのこと。後は適当に人間が争いを起こしたり物事を発展させたり……。時には神のせいにされたりも神を拝まれたりもするが神はたまに自分達の興味を惹かれたら手を出すだけで後は見るだけ。結局人間の世界は人間が起こしていることなのだ。そのため、神にとって人間とはあまりいいイメージはなく神にとってもどうでもいい存在であった。そろそろ絶望させるか、という話も出ているぐらいだ。もし神に対して「お前は人間のようだ」と言おうものなら間違いなく争いが起こる。それほどの軽蔑を背に、人間は生きているのだ。
「お前が気を悪くするのはまず考えられないが、とりあえず気を悪くしないでもらいたいという意志だけ伝えておこう。おかしく思って当然だと思うが」
「うむ、まあ当然だろう。そう言わず聞いてくれんか。昨日、人間が一人死んだ」
それで?と言いたいところだがその言葉を酒と共に流し込み、プロメテウスは妙に引っ張るディオニュソスを目で先を促した。
「それも、人間の言葉で言えば完璧な人間だ。才色兼備、清廉潔白、気配り上手で超絶美人ときた。いかにも……――ディオニュソスは声を潜めた――ほれ、ゼウスが好きそうなタイプだ。聞こえてないだろうな? よし。で、その女の死因がなんと自殺だった」
「ありきたりだな」
「ありきたり。そこが一番重要なんだ。何故そこまで完璧な人間がありきたりな死に方をするのか? どうせならもっとドラマティックに死んでいくような人生を歩むのが本当の利口な人間というものだろう?」
「……ふむ。お前の言いたいことが大体わかった。頭がいい、見目もいい、性格もいい人間が何故皆と同じように生き同じように死ぬのかが疑問なのだな?」
「もっと簡単に言おう。生きる上で人間にとって一番大切なものはなんだ?」
二人は顔を見合わせてにやりと笑んだ。お互いがお互いの言うべきことがわかっていて、お互いも同じことを考えていたからだ。だが、二人が声を発す前に女性の声がプロメテウス、ディオニュソスの横から割り込んできた。
「もちろん、愛よ」
「いいえ、美しさだわ」
ディオニュソスは突然割り込んできた二人に驚いていたが、プロメテウスは淡々と言った。
「ふん、知性さえあればそんな愚かな真似はせん。戦いで最後に勝つのは、知性だ。分かりきっていることだろう」
美の神、カリスはふくよかな胸をプロメテウスに突き出し下から見上げて猫なで声を発す。
「この美貌さえあれば大抵のことはうまくいくわ。そうでしょ? うまくいけば権力も、金も、なんでも手に入るのよ。もちろん、男もね」
プロメテウスはカリスを無視し、声を荒げるディオニュソスを冷静に見つめた。
「本能をなくして生きていられるか! まず人間の三大欲は食欲・性欲・睡眠欲。それさえそろっていれば生きてられるのだ! 交尾の時だって、本能のままに動く。そうだろう?」
愛の神、フリッグは勝ち誇ったように笑った。
「考えてもみて! 知性も、本能も、美しさも、そんなものがあったって愛されない限りそれがいい結果を招くことはないわ。言ってみれば人生の基礎! 自分を愛し、家族を愛し、友人を愛し、恋人を愛す。愛なしで人生なんて送られないわ」
討論は二十時間にも及んだ。何度か話はまとまりかけたのだが、負けず嫌いのディオニュソスやカリスはそんなわけはないとあくまでも自分を主張し続けた。
その間に入ったのが、破壊の神、アレスであった。
「理屈だけでまかり通らないものだってある。実際に結論だけ見ればよいのだ。人間を作り、どれが最後まで生き残るか見守ればいいだろう」
アレスはそれだけ言うなり、どこかへ消え去ってしまった。それから三時間ほど討論は続いたが、最終的にはアレスの言うことに従うという結果に落ちついた。
四人の神は、自分の分身とも言える人間四人を地球に放した。