※これは、2007年の初頭の初冬に書いたものです。


「…ここか」

陸とは掛け離れた深い海の、海の底。砂岩でくり抜かれたドームのような位置に彼はやってきた。
人魚であることを捨てるために。



ある日の事、それは15の誕生日。雪の舞う寒空の下の事。
彼は彼女に出逢った。
お団子に結わえた黒髪。黒珊瑚の瞳。真珠に似ているけど違う艶やかな肌。
一目で、彼女に焦がれた。



真冬の荒波で船は揺れ、彼女は海に投げ出された。
海に沈む彼女の体を抱き上げて、陸へと運んだ。
美しい肌に触れ、まだ生きていることだけを知り、そこから去った。


あれから、彼女を忘れた事は一時もない。
後で知った話だが、彼女はとある城に住まうお姫様だという。

彼女に会いたい。
その一心で、この店にやってきた。
此処は、魔法使いの住まう普段は誰も近寄りもしない海の奥底。


俺は魔法使いの店に入った。


「いらっしゃ〜い。」

帽子に仁平、手には扇子と杖の男がいた。物凄い軽い様子だ。

「おや? 王子様じゃないっスか? こんな所に何のご用で?」
「…俺を人間にしてくれ。」
「イイッスよ」
「早っ!」

魔法使いの軽い口調は雰囲気ぶち壊しだ。

「だって、アタシの店、最近儲からなくって困ってたんですよ、久々のお客さんに商売しないと」

よいしょと、何やら怪しげな薬を戸棚から取り出した。

「はい、ドーゾ。」
「…こんな物で、本当に人間になれるのか?」
「なれるっスよ。 もー、効き目バーッチリ、歩き心地抜群、足なんてスラーっと長いっスよ。」
「…お前の店では金じゃなくて、別の物を支払うと聞いていたが、何を払うんだ?」
「秘密っス。」
「秘密って…何だよ!」
「だから、秘密っス 飲んでからのお楽しみですから」
「…そんな曖昧で、いいのか?」
「とにかく、薬を飲んでみて下さい。その時に何が代金だったのかが解りますから。
 ついでに、飲むのはここじゃなくて、ちゃんと陸に上がってから飲んで下さいね。じゃないと、息ができないどころか日番谷サンの内臓とかツブれて、すぐに死んじゃいますカラ。」

「…分かった………世話になっ…」
「あ、それから…」

まだあんのか!と半ばキレかけて返すと、魔法使いは重要な事を言った。

「薬の効果は3日っス。それ以内に人間の相手と結ばれなかったら、貴方は海の泡になって消えてしまうんで、気をつけて下さい。…ついでに、無理矢理はダメっスよ。」
「飲む場所よりも先にそれを言え! ……どのみち貰っていくがな。」


それだけ言って、俺は魔法使いの店をようやく後にした。


手抜きかよ!



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