05/18の日記

21:54
EDEN REJECTION 14
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爆発と、銃撃音が響く。
パラパラと近くで弾薬が落ちる音がする。
敵なのか、味方なのか検討がつかない。
そもそも敵は何なのか、何故、ここが襲われなければいけないのか。
なぜ、終わったはずの戦争が、今目の前で、この中枢の軍事施設で行われなければならないのか。
ゲリラ化したかつての軍事施設を、一介の兵士が走りぬける。
足元を掬うものはかつての同僚達。今はもう、動かない。
敵を討つ。
襲撃してきたテロ集団を迎え撃つ。
そんな目的などとうに忘れた。
ただ、生き抜けることだけしか頭には無かった。
最初に、国家元首が殺された。
それだけは連絡を受けていた。しかし、それ以降は未曾有の混乱しかなかった。
指揮系統の断絶。
何事かと敵を見据え、下準備を整える。・・・そんな余地は全く与えてはくれなかった。
どこかもわからず走る。
とにかく、ここから、この地獄から抜け出すことで精一杯であった。
弾薬が残り少ない。
足を踏み入れた所は居住棟。
このまま、隠れとおせるか。もしくは弾薬の確保ができるか。
敵が潜んでいる可能性もあるが、弾薬が切れたら死を待つしかない。
深く考える余地など無くドアを一気に開け、銃を構える。
瞬時に眼に入り込んだ人影に反射的に脂汗が滲んだ。
しかし、眼に映りこんだそれは、瞳に驚きと奇異の表情を見せる。
まるで外の混乱がこの部屋だけ止まったかのようだった。
今まで眠っていたようで、来訪者をおぼろげに見つめ、突然の出来事だったのか、きょとんと眼をこちらに向けている。
どんなに寝坊をしていようとも、この爆音や喧騒で眼を覚まさない輩などいない。
見つめられ、なぜか動けなくなる。こんなことをしている暇などないのにと急かすのに、動けない。
いつぞや、仲間の誰かが上層部の話をしていたことを思い出していた。
・・・・上層部ほどになるとそういう玩具を持つほどの金も回ってくるとか、なんとか・・・・。
きっと、目の前の人物もそういう類の奴隷なのだろうと理解した。
しかし、どこかでそれだけではないという思いが芽生えていた。
奴隷という部類で括ってしまうには、あまりにも美しい存在なのだ。
細い緑灰色の髪が光の加減で様々な色を映す。少し長い前髪から覗く蒼い眼は、その白い肌によく映える。
全てがまるで強く息を吹きかけると消えてしまうかのように儚いかのような印象だ。
体躯も風貌も女ではないし、けしてそういう気がある性質ではない。それなのに、綺麗だと感じる。魅せられる。
なぜどうして自分はここに迷い込んでしまったのか、そう思えるほど、ここは美しく静かな別世界であった。
青い瞳に自分が映されるだけで心臓が飛び出そうになる。
この混乱で頭がおかしくなったとしか思えない。
考えるよりも先に、手を掴んでいた。
このまま、ここで死んではいけない。このまま、手放して良い存在ではない。一瞬の出会いだった。けれども、二度と離したくなかった。
手を引いて走る。
言葉無く、突然の行動に彼は驚いたようだが、構ってやる余裕などは無かった。
死体の山を踏みつける。彼は全く驚きも恐怖も無くそれらを尻目にしていた。
兵士は鼓舞していた。
初めて抱く恋にも似た昂揚は、勇ましく死地を駆け巡る。
それが、終点に向かっていることなど、兵士には知るはずも無かった。
手を引かれ、アキラは小さく微笑し、ぽつりとつぶやいた。
「可哀想。」
セントラルゲート。
そこで、足が止まった。天井にまで滴る赤。
見たことも無い武装集団が目の前に立ちふさがる。
兵士はしかし、彼らをどこかで記憶していた。
援軍で見たことがある。
常軌を逸した強さを持つ、新鋭部隊だった。
生々しい赤で塗り固められた中で、同じように、否、それ以上に毒々しい深紅を持つ人間がこちらを見た。
死を嫌でも予感させられる視線だ。
「迎えに行く手間が省けたな。」
視線は兵士を突きぬけ、アキラを見る。
「シキ!」
兵士はアキラの声をここで初めて聞いた。
とてもこの死臭漂う鮮血の間には全くといって不適合な無邪気な笑顔と声にゾッと寒気を感じる。
「来い、アキラ。」
一糸乱れぬ姿で、シキがアキラへ手を差し伸べる。
「うん。」
兵士から離れ、アキラが嬉しそうに歩みだすが、阻止される。
しかし、アキラはそんなことなど気にもかけない。
行くな!という声が響き渡ったと同時に、銃声が鳴った。
威嚇であったが、その銃口は煙をたなびかせながらアキラに向けられる。
銃声に驚いたアキラは歩みを止め、先ほどまで連れ立っていた男へと振り向く。
行くならば撃つ。
そう言ってアキラへ向けた銃口は動かない。
アキラは困ったようにシキを見るが、シキの顔色は変わらない。
「来い、と言ったはずだ。アキラ。」
シキが再度命令する。
アキラは「あ、そうだった」とでも言うように、頷き、向けられた銃など構わずに歩き出す。
一瞬躊躇いはあった。しかし、この手から離れいなくなってしまうという狂気は、引き金を引かせていた。
体が飛ぶ。
音は、その後に付いてきた。
気が付けば、床に前のめりで倒されている。わき腹が痛い。
血が、体を濡らしていく。
「・・・・・・・・うっ!」
激痛どころではない。呻きしかでない。体が硬直する。
ここで初めて撃たれたのだと自覚する。
「・・・・シ・・・キ・・・、これ・・・・ぃた・・い・・・っ!」
もう無理だと涙で訴える。まだ、銃はアキラに向けている。
狙撃した男の顔は笑顔で引き攣っていた。
手に入らないのならば、いっそ殺してしまえばいい。
自ら傷つけたその姿があまりにも甘く歪ませていく。
「立て。何度も言わせるな、来い。」
しかし、あまりにも冷徹すぎるシキの命令は、兵士を現実へと一気に引き戻す。
眼を疑った。
血の海で埋まるアキラは、あろうことか膝を立て、痛みで揺れながら立ち上がった。
ただ、来いという命令に従うために。
「やっと・・・・ついた・・・・。」
苦しむ顔の中でアキラは嬉しそうに笑った。
差し伸べたシキの手にアキラは飛び込む。
「よくできた、良い子だ。」
血で汚れていることなど構わず、強く抱きとめ、ご褒美とでも言うように血に塗れたキスを交わす。
まるで褒められた子供のようにアキラは喜ぶ。
なんと綺麗な顔なのだろうと思う傍ら、兵士は恐怖を覚えた。
まるで天使のような姿なのに、しかし今目の前で行われたことは悪魔の戯れにしか見えない。
手が震える。
何という物を手に取ってしまったのだろう。
震えは全身に及ぶ。
「これが世話になったな。」
シキが微笑し、男を見遣る。
兵士の瞳に映すその微笑は、笑っているのではないと、本能が教える。
「しかし貴様如きには過ぎた物だ。」
見つめられる深紅の瞳は独占欲と怒りが燃え盛り禍々しく光って・・・・・・・・。
兵士の映し出す世界はそこで終わった。
耳だけが、空気を切り裂くインパクトを聞いていた。
弾け飛んだ首が、鈍い音を立てて壁に打たれ、小さく落ちる。
アキラを傍らに抱き、もう片方で刀を握るシキの姿がある。
「シキも・・・・真っ赤だ。」
哀れな兵士の末路などに一切興味を持たないアキラが、シキの頬を自らの血で濡れた手で触る。
「あまり動くな。」
刀を納め、アキラを抱き上げると、言われたことなど全く聞いていないかのようにシキに抱きついてきたため、シキは溜息を吐く。
「これから引越しだ。だから、大人しくしていろ。」
「・・・・?引越し・・?」
聞きなれない言葉にアキラは眼を輝かせ、シキに取り留めの無い質問を何度も投げつけながら、落ちた施設を後にするのだった。
そしてこの日、ニホンという国が事実上崩壊する。

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