05/21の日記

21:00
EDEN REJECTION 16
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ざーざー  ざーざー
雑音が拘束具となって体を縛める。
彼とを隔てる遮断の音。
そして、そのまま、その音に身を任せていれば死が待っていた・・・・・・・はずだった。
吐き出した血が、流れ雨に混じるように、命が融けていく。
脳をつんざく雑音の中に、一つだけ綺麗な音が入り込む。
どうしてそんなにそんな音を。
なぜ自分に。
どうでもよかったのではなかったのか、自分のことなんて。
なのに、どうして、その声はこんなにも悲しそうに、辛そうに、切ない音をさせるのだろう。
「駄目だよ、アキラ・・・ここにいたら。雨に濡れちゃう。」
そう言いたいのに、僅かな口の筋肉すらも動かず、声すら出ない。
目の前の光景がぐるりと変わる。
怯えて凝視するアキラの視線。
威圧するその存在。
目の前で地面に組み敷かれる、アキラ。
死にかけていた細胞に熱量が戻る心地がした。
それなのに、動くはずの腕も、足も、微動だにしない。
何をしてくれているんだ。
どうして、体は動いてくれないんだ。
狂いそうなほどの怒りだけがただ蓄積されていく。
必死に抵抗するアキラが跳ねた水しぶきがさっと顔を掠めていくだけ。
黒いコートの男はアキラを抱え上げる。
手が伸びる。
雨は、世界は遮断する。
伸ばされた手に、自分は何もできなかった。
「ケイスケ・・っ!」
アキラが名前を呼んでいるのに。
そして絶望を植え付け、同時に絶えず怒りを湧き上がらせるあの男の宣言が心臓を刻む。
「今日から貴様の所有者はこの俺だ。」
(アキラ!!!!!)
全身で叫ぶ。怒りと慟哭と己の無力さを。
そして、消える雨の音。
気が付けば、そこはあのトシマではない。ここは現実。
(また、あの夢か。)
無人のビルの一室でケイスケは眼が覚めた。
たびたび見る悪夢はかえって体力を削る。
ケイスケは非ニコルの影響で倒れた後、源泉に助けられた。
ニコルのことも、アキラの体に関する可能性というのも、あとから聞いたことだった。
そして、あの男がシキというイグラでは無敗を誇る存在であることも。
死んではいけない。
死んだらアキラはどうなる?
今ここで何一つできずに死ぬのだけは許せない。
ただその一念が、ケイスケを生かした。
そして今また同じような雨の音を聴く。
トシマ、旧祖までは遠い。
アキラは今どうしているのだろうか。
あの男の手から逃れているならば、いい。
けれども、もし、そうではないのだとしたら。
(殺す。)
あの男を。シキを。
背をつけていた壁に立てかけていた長い筒状の物を手に取る。
それは、ただの棒切れではなく、刀の鞘だ。
握り締める柄は、すっかり手に馴染んでいる。
足音が聞こえる。
刀は無暗やたらと抜いたわけではなかった。
足音に小さく構える。
蹴破られるドアに迷わず飛び込む。
勝負は一瞬だった。
足払いから突きに変えて喉元を刺す。
倒れた一人の影に続く者は上段からなで斬る。
次の交戦に構えるが、一瞬の出来事に臆した残りの輩共は一目散に逃げていった。
硬く張り詰めていた筋肉の緊張を解く。
「ふう。」
技を磨くにはこと欠かないことは助かるが、それだけ自分は追剥ぎしやすい標的に映るのだろうかと思うと溜息しか出なかった。
雨がいつの間にか止んでいた。
雨が降ろうと降らまいと、堅固にできている自分の部屋には全く関係のないことである。
少し冷たい風が、アキラの肌を掠めた。
また、あの男がいる。
なんだか色々と話しているようだが、話の内容は聞かない。
シキの帰ってくる日が遠い。肌に触れられない日々が募るたび鬱々とアキラの肩を重くさせる。気持ちがやさぐれる。
それとは別の、物体による肩の重さをふわりと感じた。
上着をかけられていた。
冷えるから・・・と、しどろもどろに彼は言う。
なぜいつもこういうことをするのだろう。
こんなことをしたら、冷やすのはお前自身じゃないか。
すぐに脱いで突っ返す。
「そうやって、いつも風邪引くだろ・・ケイ・・・・っ。」
はっとして、慌てて口を止めた。
(何言ってるんだろう。)
目の前の男はケイスケではないのに。
つい、言ってしまった。
「あーあ、ばっかみたい。」
自分がおかしくてつい笑ってしまった。もういない人物の名前をどうしてここで出してしまったのか。
おかしくて仕方が無かった。
目の前で繰り広げられるアキラの自嘲は、どこか悲しげに男の眼に映った。
「あんた、もういらない。来なくていいよ。」
そして信じられない通告を受ける。
別に来いと言われてここに忍んで来ていたわけではない。けれども、拒絶の言葉は体を裂いた。
もう興味もないという具合に、アキラはシーツに横たわり天井を仰ぐ。
戻りは少し遅れるかもしれない。
男の発した声に、アキラは全神経を集中させる。
「なんで?」
一端倒した体を飛び上がらせた。
雨で道が悪いから・・・と話すとアキラは一気に顔色を悪くさせ、不機嫌になる。
体が自然と動いた。アキラの上に覆い被る。
秘めていた想いを囁く。
そんな顔を自分はさせない。
待たせない。
好きだから守りたい。
アキラは瞳孔が上手く定まらない。
まるでケイスケに言われたような錯覚。頭がさらに悪くなったのかと思うほど。幻聴は滑稽だ。
肌に手が触れられる。
(ああ、こんなことしたら。)
シキが怒る。
いや、シキは怒るのだろうか?
想像ができない。他人に体を許したことなどなかったから。
「ん・・・・・・。」
口付けを受ける。
優しいと感じる。労わるかのようで、シキとはまるで違う。けれどもどこか空虚を感じて、やはりシキではなくては駄目だと体が感じる。
瞳を閉じて邂逅する。
いつも隣にいたあの幼馴染は、自分のことをどう見ていたのだろうか。
今の言葉を、彼が発していたら自分はどう思ったのだろう。
わからない。
昔はどうか知らない。でも、今は彼よりも誰よりも、自分にはシキがいる。それに、彼は死んだのだ。
派生するifを思い浮かべるほどおろかで無駄なことなどない。今が全てなのだから。
けれども、と柔らかい愛撫に身を任せる。
彼に抱かれるという妄想は心地よい罪悪感を生んだ。
そして、シキの見ていないところで、愚行を行う愚かな自身に堕落した快楽が走る。
してはいけないこと。
それがこんなに心地よいとは思わなかった。
シキに抱かれるようには満たされることなどない。
相手はぴたりと止まってアキラから離れようとした。
こんなことをしたかったのではないと、躊躇っている。
今更何を言うのだろう。
とっくに火はついているのに。
引き下がった男の手をアキラの指が捕らえ、蠢く柔らかい肉の中へと誘う。
垣間見る妖艶さ。
熱の篭った声でアキラは男を堕とした。
「ここに、挿れて。いっぱい、中に欲しい。」
初めて自ら他人を誘ってしまった。
こんなことをシキが知ったら、どんなことをするだろうか。
愉しくて仕方が無かった。

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