06/03の日記

23:09
EDEN REJECTION 22
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「・・・なに・・?」
不意に聞かされた源泉の言葉に問いかけても、すでにアキラのことなど源泉の中にはなかった。
(なに・・・・・?どういうことだ・・・?)
風を切る音と一緒に、何か飛ぶ音が耳を過ぎった。
「・・・っち!」
左手に持つ銃が飛ばされる。
「・・・あ・・・っ。」
小さくアキラが源泉へと目を見張った。
咄嗟に庇ったが犠牲は銃だけではなく、足りなくなった肉体の一部を求めるように、傷口が一気に火を噴いたような感覚に囚われる。
掠めるだけだったが威力は半端なものではない。
「下衆が。」
刀を突きに構えてシキが飛び込む。
「それ、いただきだな!」
源泉は好機だと言わんばかりに声をあげ、渾身を込めて同じく飛び込む。
「・・・・・。」
こんな光景は見慣れている。
シキには誰にもかなうはずなどない。
なのに、どうしてこうも動悸がするのだ。
こんなのは嫌だ、誰が死んでもいい、シキに楯突く人間なんて死ねばいい、そう思っている。なのに、これは嫌だ。
見たくない。
知ってる誰かが、こんな目になるのは見たくない。
なんて勝手なのだろう、でも、どうしても見たくない。
どうして、こんなことになるのか。
なぜこんなにも動揺しないといけないのか。
まだ、聞かなきゃいけないこと、たくさんあるのに。
限界を感じる。
目を瞑る。世界を塞ぐ。常に、そうしてきたように、閉ざす。
見たくない。
「・・・ぅ・・・・っくぅ・・・・っ。」
音も、聴きたくない。
何かを貫く音。
何かを蹴破る音。
嫌なものは全部、いらない。
「・・・っ、貴様・・・。」
「はは、こいつはしくったな・・・。」
シキに真っ直ぐ貫かれるように源泉は動いていた。
刀が、深く肉体へと埋まっていく。そして、これ以上無い至近距離で、逃げ場を失ったシキの胸へと一発の銃弾が撃ち込まれている。
「あーいてぇ・・・な、畜生、外れやがった。」
脆弱に吐き出す酸素が鉄の味を含む。
「・・・っ、中々の筋だ。しかし、愚かだったな。」
肺を貫通してくれでもすればまだ救いはあったが、どう見ても肩に近い弾痕を見て、源泉は舌打ちをするしかなかった。
「ぐ・・・・っ。」
ズルリと刀を抜かれる感触が全身に響く。致命傷を外したシキに対して、受けた刀の痕はもう駄目な傷だと理解する。
「アキラ・・・っ!」
「!」
呼ばれて慄く。
「ちゃんと、目ぇ開けとけ。・・・そんな泣くな?」
言われてはじめて泣いていることを知った。
「あんまり、かっこわりぃとこ見せたくないんだがな・・・・・ケイスケ、ちゃんと生きてっから、ちゃんと目ぇ開けて生きてろ。」
言われて、目蓋を開ける。シキが血を流す。源泉が血を流す。
今、自分が立っていることも危うい。何が起きたのか、何を言われたのか、今、何をすべきなのか、シキの元に駆け寄りたい、けれども、今、今この目の前で源泉の傍を離れたくない。
もっと、もっと、聞きたいことがある。
あるのに。
「もう済んだか?」
刀を持ち替えたシキの振りを源泉はひらりと返してテラスの仕切りに腰を落とす。
「ああ、・・・・けれど、これ以上、そいつを食らうのは御免だ。」
痛いのは好かん、と皮肉を交じらせると、そのまま、背中を空に預けた。
「・・・・おっさん・・・?」
届くわけがないのに、手を伸ばす。
(こんなことなら吸っときゃあよかったな・・・煙草。)
全身に風を感じる。
重力を感じるのに、体はこんなにも軽い。
失敗だろうが、何だろうがこれで良かったと安堵を覚え意識を手放す。
(ああ、やっと解放されるな。)
目を閉じる。
視界を遮る。
認識を拒絶する。
必要の無いものだと、理解させる。
震える体を抱えるようにしてアキラは固く立ちすくんだ。
「・・・・・。」
その姿をシキが見下し、踵を返した。
「浅ましいな。」
「・・・・っ。」
それはアキラにかけた言葉だった。
「それほど大事な人間だったなら、貴様も俺を止めてみたら良かったはずだが?」
シキは暗く言葉を繋げる。
「そこでただ何もできずに立っていただけのお前が、何を今更後悔することがある。」
立ち去ろうとするシキの後を追おうと、アキラも立ち上がるが、シキのその気迫にすぐに固まる。
「目障りだ。」
ぐっと、胸が締め付けられる。
何故かこんなにもシキの苛立ちを感じる。
どうしてこんなに、怖い顔をしているのか?
アキラの思考はすでに、源泉を必要の無いものとして捉え、捨てた。
心に痛みを伴ったまま。
そして目障りだと言われたにも関わらず、アキラはシキの元へと駆け寄った。
「血・・・いっぱいだ。傷、痛い?」
避けずにアキラをシキは受け入れた。
シキの体に流れる血がアキラを汚す。
「あったかい・・・。」
初めて触れるシキの血に、アキラは恍惚とした声をあげる。
「・・・・・、お前は・・・・。」
言いかけて、シキは止めた。
それでいいのか?と、言葉は続こうとしたが止めておいた。
いつものアキラの、ありのままの姿がすでにそこにあった。
「あまり触るな。」
さすがに貫通をしている肩に触れられると痛みが増し、アキラを押しのけた。
(馬鹿馬鹿しい。)
アキラの姿になぜか安堵を覚え、その感情がひどく卑しく思えた。
「きちんと、手当てしなきゃ。俺、してあげる。」
ひどく嬉しそうにアキラは笑う。
その笑顔が誰にでもない、自分一人に注がれることになぜこうも満たされるのか。
「っ、あ・・・ん、だめ・・・シキぃ・・・。」
この思考を止めようと、アキラを貪る。
忘れてしまうように、押し流してしまうように、アキラの口腔を侵し捕らえた。
(狂っているのは、こいつではなく・・・俺の方か・・・。)
縋りつくアキラを抱きとめながら自嘲し、シキは軽く舌打ちをしたのだった。
そして、アキラもまだ残る胸の痛みを忘れるように、シキに求め縋った。

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