06/27の日記

23:09
EDEN REJECTION 24
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誰もいない夜がくる。
あの時と同じ。
あの時と違うのは、もう彼はおそらく二度とあのテラスに現れないという事実だけ。
もう、何も感じるなと、己以外何も求めるなとシキは言った。
そして、シキの言葉を魂で受け止めて、言われたとおりに全てを捨てる。
暗闇にくっきりと浮かんだ顔は、驚いて、こちらを見た。
ここにいる人間とは違う感情で頭を撫でたあの優しい感じ。
そして、気にかけてくれた声が低くて落ち着いて心地が良かった。
全てを捨てた自分を心配してくれたあの言葉、仕草が引きとめ始める。
シキにしか必要とされなくて良いのに、そんな自分を、別の誰かが物ではない人としての自分を肯定する。
いっそ、決別して欲しかった。
そうしたらどんなに楽なことか。
なんでこんなに苦しくて、そして怖いのか。
だからまた会いたい。
どうして、また会いにきてくれないのか。
目を閉ざした世界で、トクトクと鳴る心臓の鼓動だけがアキラの唯一彩りを添えるもの。
もう、関わらないで欲しい。
欲しい?違う。
関わるな。
ケイスケの話だって。
それが今の自分にとっては価値が無いから。
そう言うために。言わなきゃいけないのに。
言えば、この恐怖も無くなる。
今度こそ全てを遮断できる。
でも・・・・・・。
永久に再会は叶わないのだろう。
小さな鼓動はいつまでもアキラの耳を打つ。
そして闇は深みを増して、その中に意識を手放した。
「・・・・どういうこと?」
会ったことがない男は、源泉の情報屋仲間だと名乗った。
耳にした言葉は、脳が理解してくれない。
目の前が暗くなる。
「なんで、そんな所に一人で?」
ケイスケは崩れた建物の物陰で男の話を聞く。
源泉は帰ってこないという事実。
それだけは、何とかわかった。
源泉は保険だとでも言うように、この情報屋に万が一があればとケイスケに源泉のメモを渡すようお願いしていたのだった。
ケイスケには必要だから、と。
腹の底からこみあげてくる。
哀しいという簡単な感情じゃない。
喉まで這い上がり、顔を強張らせ、そして耐え切れなくなって壁に握った拳を打ち付ける。
大きなインパクトは壁にひびを作らせた。
「なんで・・・っなんでだよ!!!」
どうしてあの男は奪うのか。
一度も話したことが無い。
何一つ接点を持ったことも無い。
ただ、一度だけ、あの雨の夜に見ただけのあのコートの男が、どうしてこんなにも自分を苦しめるのか。
大事なものを搾取していくのか。
何故殺すのか、何故奪うのか、固執などしなくても、彼の持つ力なら思いのままに手に入れることができるだろうに。
どうして自分の大切なものを奪うのか。
どんなに卑しくてもいい、自分の大事な人ではなく、他人でも代わりはいるだろうに、それなのに。
「クソ!」
殺す。
殺してやる。
絶対、後悔させて、殺してやる。
そして、アキラを解放する。
壁に打ち付けた皮膚は裂け、血が滲み出した。
しかし滲んだだけで血は固まり始めつつあった。
地面を血で濡らすのは己ではなく、あの男だとでも言うように。
悲鳴が響いた。
廃墟ではなく、丁寧に磨かれた床に、点々と絵の具でも紙に落としたような赤い体液が落ちる。
悲鳴の持ち主は、シキが戻り、二人分の食事を配膳しに来た係である。
胸に、小さな食事用のナイフが刺さっている。
食事をのせた台をアキラが、自分がやると係から受け取った。
そして、何を思ったのか台が食器ごと落ちて散乱することも構わずナイフだけを手に取ったのだ。
「なあ、シキのこと、見ないでくれる?」
憎悪の念を込めた言葉を小さく吐く。
それは、食事を渡した際のほんの挨拶程度の一瞥だった。
それをアキラは許さないと言った。
「あーあ、せっかくのご飯台無し。」
痛みに蹲る人間など、もう興味を無くしたのか、無残に床に散らばった食事の前に腰を下ろしトマトソースを突き口で指を舐め取る。
あの時からさほど日数をかけることなく遠征も終わりシキが城に戻ると、アキラはいつものアキラに戻っていた。
しかし、少し何かが変わったようだった。
明白にわかったことは、城の人間を惑わすあの遊戯を一切しなくなったことだ。
そして、変わったことはそれだけではない。
遊戯をしなくなった代わりに、シキに対する執着が極端になった。
今、このように。
「貴様のせいだろう、全く。」
一部始終を見ていたシキがアキラに声をかける。
「なんで、誰かにご飯作らせるの?」
突拍子も無い質問をアキラは口にした。
「誰かに頼まないでも、俺だってできるよ?」
最近、そんなことばかりを言う。
それが可能か不可能かも考えず、アキラは自分がやると言い出す。
「貴様にそんな必要はない。」
不満そうに顔を曇らせ、ベッドに座るシキの上に跨る。
「じゃあ、必要ないのに俺はなんでシキの物なの?」
初めて違う質問をした。
「俺は、必要?俺はシキが必要だよ。」
「・・・・。」
幼い子供が大人にするような純粋な問いだ。
シキは深くアキラを見た。
まるでこれまでの矛盾を指摘されたような心地だ。
所有されていればそれでいい、しかし、支配するには利点が必要だ。
それなのに利点など、目の前の人間には一切無い。
特にマイナスになることはないが、プラスでもない。
自らの片腕になる才能があるわけでもない。それどころかどこまでも脆く儚い。
それでも、不要だと捨てる気は無いのだ。
そこに執着を感じる。
一体何の執着だというのか。
例えるなら愛玩具。しかし、そんな下等なものではないと理解する。
では何なのか、・・・・・それがわからない。
「ふん・・。」
下らないことを思索してしまったと鼻で嗤った。
「とりあえず、今は不要ではないな。」
そう言い、きょとんとするアキラの口の端に触れる。
舐め取りきれなかったソースを指で救い自らの口に運んだ。
「おいしい?」
「さあな。」
「じゃあ、もっと食べて。」
アキラはシキの背中に腕を絡ませキスをせがんだ。

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