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□温泉でしちゃおう
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新年を迎えたものの、しばらく続くテレビの特番をどうと言うわけでもなく、アキラは眺めていた。
年の瀬もそうであったが、忘年会然り、年明けて新年会も然り、年末年始をニホンで過ごしていた源泉はその人柄から懇ろにしている関係者も多く、出版関係からのお誘いを断りきれずに今夜も午前様になっていた。
アキラはというと、特に文句というものも感じる暇もなく、つい最近まで海外での取材があったため、その事務処理など任せられた仕事を片付けることで忙しかった。
しかしそれも昨日までの話で、自分の仕事が終わると手持ち無沙汰で特にすることもなくテレビを眺めて部屋にいた。
さすがに暇である。
そうなると、帰ってこない輩についつい腹立たしさを覚えてしまうのは当然のことで、無表情ではあるものの、空気が苛立ちに近いものを発していた。
そんな空気を読まないのが源泉で、豪快に玄関のドアを開け、陽気な面持ちで帰宅をしてきた。
「お!アキラたっだいま〜、いい子にしてたか??」
無言でギロリとにらまれるが、これ幸いなのか災厄なのか、そんなことにも気づかないほどアルコールが程よく回っていた。
「おかえりのちゅうしてやろうな!」
「いいいい!いらない!!!離れろよ、もう!!」
強引に羽交い絞めにされ、頬に唇を当てられる。
「なんだ?恥ずかしいのか?今更。」
ニヤニヤしながら頬ずりされ、アキラは無我夢中で離れようとするがこれがまたうまくホールドされてしまって外すことは叶わない。
「酒臭いんだよ!毎晩毎晩酔っ払ってきやがって!なんなんだよ、一回くらい断るとかないのかよ!」
怒鳴って、一気にはっとする。これではあたかも寂しいサインを出しているようではないかと、つい言ってしまった自分に舌打ちするが、時はすでに遅し。
「なんだ?アキラぁーー、お前さん寂しかったのかああああああ、ほんっとかわいいなぁ。」
これ以上文句を言ってもこの男をいい気にさせてしまうだけだと思い、アキラは無言で膨れた。
悔しい、こんな酔っ払いに言いようにされるなどとギリギリと敗北感を味わう。
そんなアキラにすっと、源泉は綺麗に印刷された紙切れを差し出した。
「?」
一瞬レシートか何かかと思い、またくだらないことをとむっとしたが、よく見るとどうも違う。
「へっへっへ、抽選会で特賞当ててきたぞ、すげえだろ!」
「何、これ?」
あまりにしてやったりな顔で得意そうに笑う為、怪訝に思ってアキラは源泉の瞳を見た。
「有名旅館のペア宿泊券!やったなあ!温泉行けるぞ!」
うれしくて仕方ない様子だが、アキラはというと温泉も旅館もピンとこず、海外に常に行っているのに今更国内旅行のどこがそんなにうれしいのかと呆れた。
「おっさん、あのなぁ、いつ仕事が入るかわからないのにこんなのもらってきてどうすんだよ。」
「そこなんだよな、で、だ!」
とっておきの作戦とでも言うように、源泉はアキラにその内容を告げた。
・・・・・・・・・・翌日。
「いやー、酔っ払った勢いってこええな。」
少し反省した様子で源泉が呟いた。
「当日キャンセルってなったら宿泊費全額払んなきゃいけないんだからさ・・・・・、ほんとにいい年してんだからもう少し酒自重しろよ。本当、恥ずかしくないのかよ。」
アキラの小言がチクチクと身に刺さる。
二人の目の前には宿泊券に書かれた旅館と同じ名前が書いてある、とても趣きと老舗感を漂わせる日本旅館が建っていた。
昨日、源泉は酒の勢いで「いつ行けるかわからないなら、いっそのこと思い立ったが吉日で明日行けばいい!」というトンデモ思考が働き、そのまま旅館に予約を取ってしまっていたのだ。
その話を聞かされたアキラはただただポカーンとするしかなく、日にちがすでにまわっているためキャンセルすることも不可能な状態で行かざるをえなくなってしまったのだった。
そうこうしていると、旅館のフロントマンに歓迎されて館内に入る。
「大変お疲れ様でございました、こちらにどうぞおかけくださいませ。それではご記帳をお願いいたします。」
などなど、あれよこれよと促されて玄関口の側にあるとても綺麗にされたアンティークなテーブルの備え付け椅子へと腰掛ける。
源泉は慣れた手つきで記帳する脇で、落ち着かないのはアキラだ。
海外はさすがに慣れているが、修学旅行すらもそんな平和な行事や行楽は一切なかったご時勢を生きてきた為、目に映るもの全部がはじめての光景だった。
「どうぞ、こちらはウェルカムサービスのお抹茶とお菓子になります、どうぞお召し上がりくださいませ。」
女性の和服を着た従業員が丁寧に二人分の茶菓子を置いて去る。
「さすが一流旅館だな。」
感心する源泉は、ふとアキラを見た。
「・・・・・・・。」
つい声をかけようかと思ったが、とんでもないかわいさに凝視した。
あのアキラが目をキラキラとさせている。
犬猫のように耳尻尾があったらパタパタと揺らしている、まさしくそんな様子だ。
「お、お前さんさぁ、こういう温泉とかって来たことあったか?」
「ない!」
即答だ。
顔をきょろきょろと動かして建物を眺める。センス良く並べられたアンティークな家具、調度品などをめまぐるしく視界を回転させて見つめている。
「よ、よかったな、来れて。」
言われて、ついつい自分がはしゃいでることに気づくと顔を赤くして縮こまる。
「べ、別に。」
しどろもどろになっているのが手に取るようにわかり、源泉はばれないように笑う。
「とりあえず、茶、冷めないうちに食っとけよ。」
言われて視線をテーブルに落とす。
「頼んでないけど。」
「サービスだから食べていいんだよ。」
「え??食べていいの?」
まさかここまで知らないとは源泉も予想などできなかったため、どうしたものかと思いがけないアキラの発見にうれしい悲鳴がこだまする。
「俺の分も食うか?」
「え?」
ずっとこんな桃色調子で部屋へと通された。
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