連載

□第一話
1ページ/2ページ

「いいですか?このヴィスキオ温泉は、全国でもすっばらしい評価を受けている旅館なんですよ!今日もお客様にはさっいこうのおもてなしをするのですよ!!」
大女将アルビトロの熱弁が今日も冴える。
その隣には、仁王立ちの若女将エマが、スケバンのように睨みをきかせていた。
いつもの朝礼が終わると、仲居連中の中から、エマは新人で半年目の仲居であるアキラの首根っこを掴んで布団部屋に連行した。
「え、エマさん!なんか俺やったか!?」
床に転がされたアキラは、着ていた着物がまだ上手に着付けできていないのか、足元から盛大にはだけ、白い足袋とそこからはえるきれいなふくらはぎが露になっていた。
正直その場に宿の若い跡継ぎでアキラの幼なじみのケイスケが見たら、一瞬で前かがみで立ち上がれなくなるなる光景である。(ヘタレなので襲うことはできない)
その光景も、エマにとっては忌ま忌ましいのであった。
「まだ着物もろくに着れないのかい!ああ、これだから若いのはいやだねえ!仕事もできないくせにお客さんからはチッブせびってるみたいじゃない?昨日ももらったんだって?」
「ちがっ…、あれは勝手に酔っ払いが俺の帯に札入れてったんだよ!」
「ふん、どんなサービスをしてんだか!うちはね、売春宿じゃあないんだよ!」
たんかをきられ、アキラも憤りを覚えてにらみつける。
「俺は、あんたが勝手に考えてるようなことはしていない!」
あまりにまっすぐにぶつけてくるアキラの感情に、エマはカチンとし、懐の道具入れに手を差し入れた。
取り出したものはハサミだ。
「?」
「あんたのその態度がムカつくのよ、せいぜい、客に媚びでも売るような恰好してなさいな!」
明らかにエマはアキラのその若く華のある美しさ(馬自重しろ)に嫉妬をしているだけなのだが、その怒りをハサミに込め、着物に突き刺した。
「やめろっ!」
…。
ヲホホ〜と高笑いをあげて満足したエマが部屋からでていったしばらく後にアキラがでてきた。
「…くっそ、あのアマ、絶対に街で会ったらフルボッコにしてやる…。」
アキラが震える声でつぶやくと、通路に誰もいないことを見計らって歩き出した。
ざっくりと、着物の裾は切られ、丈はすでにパンツが見えそうな位置ほどしかない。
真っ赤になり、目には涙がにじんだ。
「着物…2着しかもらってないのに…。」
恥じらう以前に怒りの涙である。
階段に差し掛かると、泊まり客の笑い声が聞こえた。
「やばい!早く降りないと!」
焦ったアキラは走り出した。
一段駆け、2、3段と降ると、足袋の爪先が、つるんと階段を滑った。
「げ!!」
アキラは次に何が起こるか瞬時に察し、青くなったと同時に、盛大に階段から落ちた。
ズダンズダンと大きな音が鳴り響く。
そして静寂。
「いってええええ…。」
仰向けで床に手をつくと、床よりも柔らかい、でもしなやかな感触があった。
「え?う?うで?」
くらくらする頭はまだボーとした思考だ。
ムニっと、体の下肢のさらに敏感な中央部を触られる衝撃を感じた。
「うあんっ!……え?え?」
下半身に目をやると、人の顔が。
綺麗な茶色い、ウェーブのかかったセミロングに、眉と目元が整った、きれいな顔の、男性だ。
……下半身?
「なんだ、このイチゴ、本物では…ないのか。」
…アキラは、見知らぬモデルのような男の首をまたぐような恰好になっていたのだ。
「うっわあああああああ!」
悲鳴とともに男から離れた。
離れて正座し、カタカタと震えた。 明らかにパニックになっている。
「…怪我してません…か、すいません!」
アキラは座ったままペコペコ謝ると、反応がないため、恐る恐る男を見た。
「イチゴ…。」
「え?」
「イチゴを注文しよう。後で…届けてくれ…。」
無関心なのか、アキラのことは気にかけず歩き出した。
「できれば、そのパンツのような赤いものを。」
「!!!」
アキラは絶句しながら謎の客を見送った…。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ