連載

□第三話
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夕時になり、配膳が慌ただしくなる。
両腕に抱えた山の様に積まれた御膳が急に軽くなった。
「…?」
見上げると見知った男の顔がある。
「アキラ…またエマさんに意地悪されたって聞いて…その…。」
「ケイスケ。」
幼なじみのケイスケだ。
このヴィスキオ温泉の跡取り息子なのだが、本人に自覚があるのか無いのか気が極端に弱く打たれ弱いため、叔母にあたるエマには怖くて頭があがらず、全く役に立たない幼なじみである。
「エマさんがなんだって?」
今日はエマにやられっぱなしであったアキラはピキピキしながらケイスケをみた。
「あ、あの、だ、大丈夫?」
「大丈夫なわけあるか!」
「…っだ、よねえ〜。」
アキラはケイスケが自分の味方でいて助けて欲しいという気持ちはなかったが、このどっちなんだ、何がしたいんだという態度にはそこそこ呆れていた。
「…はあ、こんなところにいるとお前もどやされるぞ。」
「うん、そうだけど。」
「なんだよ。」

「こんなところで油を売ってたのかい!お二人さん!!」
怒気をはらんだ女の声が背筋を貫通した。
エマだ。
「別に。」
アキラは淡々と仕事の方へ戻るが、その態度が余計にむかつく。
エマは、閃いてにんまりした。並べた御膳に箸とおしぼりを補足していたアキラを、エマは呼んだ。
とても朗らかに微笑んでいる。

怖い。
余計に怖い。

「アキラ、今日は会社の団体さんがいらっしゃってるから宴会の給使に回ってちょうだい。」
「…はい。」
アキラは不審に思いつつもエマに言われるがままに宴会場へ付く。
羽振りの良い会社なのだろう、賑やかな宴会の中、慌ただしくオーダーをとり、駆け回る。
特別謀られたということもなく、ごく普通に過ぎようとしていた。
しかし、お客へ飲み物を運んでいる最中にそれは起きた。
「アキラ邪魔よ。」
エマがアキラの裾を踏んだのだ。
着付けがまだ十分ではないアキラは、そのまま転び、踏まれた先から着物が大きく乱れた。
「!」
飲み物は幸いに客へかからなかったが、日本酒を盛大に浴びて全身びしょ濡れである。しかも、乱れた着物と上気した肌。
あらぬことを妄想するなといっても無理な話である。
「ーおお…。」
酔っ払った団体客は、アクシデントに一様に息を飲んだ。
「おやおやおや、お怪我はないかね。おじさんが介抱してやろうか?」
「いや、部長ー、わたしがやりますよ〜!」
「課長!課長のお手を煩わせますからまず僕が! 」
ムラムラとした輩達がいっきにぺたぺたとくっついてくる状態で、アキラは逃げようとする。
「だ、大丈夫だから…は、離せ…よっ」
酔っ払い達を避けようとするがなかなか上手くいかず、転ぶとまたベタベタまとわりつかれる。
エマを見るとこれまた悪そうに笑っている。
「あんたは…っ」
フフンと鼻で笑い、周りの客らに笑いながら謝る。
「アキラぁ、せっかくだからお客さんに拭いてもらったらあ?もう、ホントできない子で、ごめんなさいねえ〜★」
1番偉そうな中年の客がうれしそうに反応し、「ここが1番濡れている」などと抜かしつつ、太腿や腰を撫で回される。
気色悪さから半泣きになるがそれが一層ギャラリーを沸かせる。
「やだ、やめ……っ」
完全にエマにはめられたと悔し涙がボロボロと零れそうになった時だった。
バタンと引き戸が開いた。
「遅くなりました〜。アレ、何してんの君ら?」
金髪の美少年がまるで制服のようなスーツに身を包んで現れた。
アキラを見る。
「…、ちょっと、嫌がってるだろ。うちの社の品格、さげないでくれる?」
一声で一目散に周囲がアキラから手を退いた。
アキラの元に立つと、スーツを羽織らせた。
「大丈夫?怖かったよね、ごめんね。」
男の子は、すまなそうにアキラに言い一礼した。
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