05/20の日記

11:53
EDEN REJECTION 15
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窓際からの侵入者は、何度か窓から見たことがあった。
旧祖に来てから、シキを見送り、待ち、出迎える変わらない日々を、アキラは送っていた。
しかしその日はここに来てから初めてシキ以外の人間から話しかけられた。
外の世界に興味は無いかと問われた。
年はおそらく、同じくらいだろう。
新しい所はとても広く、けれども許された自分のための世界はそれに比べればとても狭かった。
それでも、前の世界に比べれば大分広い。
窓の外は日が差して眩しい。
その眩しさは、あたかも侵入することをを拒絶させられているかのようだった。
興味があろうと、無かろうと、拒否されているのだから仕方が無いし、今この許された場所から離れたとしても、外の世界に行ってしまった彼の人の元へは遠すぎる。
だから興味は無いと、顔を横に振り否定をした。
それがひどく面白く見えたのか、哂われた。
目の前の男はこの城に従事している者の一人。
どれくらいの人間がここにいるのかはわからないが、とてもたくさんいるような気がする。
シキに連れてこられてから今まで、自分からこの部屋を出たことなど無く、またシキに連れられて出たことも片手で数えるくらいしかない。
知らなくて当然だし、知ったからといってどうということはない。
けれども、これだけは知っている。
(誰も俺には会ってはいけない・・?)
避けられているような、会わないようにしているような。
毎日誰かしらが部屋とアキラの世話をしにくるが、会話はない。
必要なことだけをして、無言で去っていく。
腫れ物に触れまいというかのように。
シキにそんなことをされたら嫌やなものであるが、それ以外の人間がそのように接する分には、アキラは特に気に留めるものではなかった。
ここの人間達の意図することはだいたい理解できる。
嫌われている部類ではない。むしろ恐れられている・・・・自分の背後にいるシキを見ているのだろう。だから、彼らの余所余所しい態度は逆にアキラを愉しませている気はあった。
(・・・な、はずなんだけどな。)
目の前に突如現れた侵入者は違った。
近くで見ると思った以上に細いだとか、こんなところにいつもいて窮屈ではないのかだとか、ずいぶん人懐っこそうな笑顔でアキラを見て話しかけてくる。
アキラは訝しんだ眼差しを向けて饒舌な男を見る。
(耳障りだ。)
そうおもうのだが、追い払うのもなんだか面倒に感じた。
出て行けと一言言えばいいのだが、話の内容はともかくとして、何故かそのしゃべり方と笑い方はもう少し見ていたいと思った。
その眉の下がり具合。
こちらを気にかけているようで独走していくおしゃべり。
(・・・・・?)
小首を傾げたが、すぐにピンと来た。
「ああ、そうか。似てるのか。」
アキラの初めての言葉に、おしゃべりが止まる。
顔が緩み、みるみるうちに嬉しさが増しているのが目に見てわかる。
(そう、そういう感じが。)
なぜそんなに嬉しそうにされるのかはわからないが、久々に見るこういう反応に、アキラの顔がほころんだ。
見た目はどこも似ていないのだが、雰囲気がそう感じさせた。
「変なの。でも、あいつに似てる。」
アキラの会話はまるで独り言だった。
誰に聞かせようというわけではないから、会話が成立しない。
自分の声が届いてほしいのはシキだけでいい・・・・・だから、アキラはシキ以外の他人とは会話をしない。
「懐かしいけど・・・なんでなんだろうな。」
少し不調を訴えるかのように、眉をしかめて胸元を押さえる。
見た目がとても華奢だから、本当は体調でもどこか悪いのかと男は思い、大丈夫かと声をかけてアキラを覗き込む。
アキラはそんな心配には気づきもせず、つまづきを感じる部分に思い当たる節を記憶の中から検出しだして、顔を上げた。
「思い出した。・・・そっか。そうだよな。だからか。」
何か関心ごとでもあったかのように口元に手を持ってきてアキラは一人頷いた。
「殺しちゃったんだから、だからなんか苦しいんだな。」
少し残念そうにアキラは微笑する。
辛いことは好きではない。しかし、辛いと感じたものの、何もそこに思うことは無かった。ただ、そういう過去があった、あの時は辛かった、それだけである。
「まあ、いいや。」
今は、そんな過去よりも、懐かしい、愉快だということがアキラの感情を占めていた。
『殺した』
何のことかわからないがアキラの小さな口から発せられた物騒な単語に少し男は動揺する。しかし、そんな動揺に反してアキラは男を見て笑いかけた。
全身が粟立ったような衝撃を覚えた。
可憐という言葉が最もよく当てはまる、そんな微笑だ。
気づけば、もう仕事に戻らなくてはいけない時間になっていることに気づき、侵入者は慌てて部屋を出て行った。
また、と一言だけを残して。
しんと静まり返るアキラの世界がまたやってくる。
ふふっとアキラは笑みをこぼした。
「また、だって。」
久々に見た幼馴染の面影を、もうしばらく見たいと思った。
今日も、シキは戻らない。
そういえば、帰ってくるのはあと・・・・・・。
ふとそんなことが浮かび、指を折る。
両手を使うことになった。
アキラの顔が翳る。
「・・・・・・シキ。」
もうすでに、アキラの心には先ほどまでの憧憬に対する喜々の感情は欠片も無かった。
ニホンが崩壊し、一年、二年と過ぎた。
シキは、統治などには興味は無い。
その本能が赴くまま、ただ奪う。それだけだった。
しかしそれでも強靭な力を誇る組織は鋼よりも硬く、力を求める人間はシキを畏れ敬い、陶酔を注ぐ。
シキを否定する者達は武装し反旗を翻すも、悉く皆殺しにされた。それでも根を絶つほどには至っていない。
(次から次と、全く飽きさせないものだ。)
歪んだ支配者は遠く自分を待ち構えている弱き烏合の衆の待つ地を見遣る。
そして、幾日かするとそこは人一人存在せず、屍のみが横たわる土地となる。
人々は怯えながら明日の我が身を案じ生きるしかない。
旧祖から少し北へ離れたその土地でも、人々は同じだった。
戦前は歓楽街だったと思われるアーケードがいくつか広がり、その間を大小の道路が行き交う。今はゴーストタウンと化している。
その小道の入り組んだ先にあるビルの2階。
ひしめき合うように人が或いは椅子に座り、或いは壁にもたれ掛かっている。様相はバーだ。
しかし、活気はない。小声でボソボソと会話の音は聞こえるが、BGMも無ければ笑い声の一つもあがらない。
荒みきった空気が辺りをどんよりと包み込んでいた。
その中の一つのテーブル。
話の内容は情報交換といったところだった。
眉間に皺を作りながら、話を聞く男の目だけはどうしてかこの空間には似つかわしくなかった。
茶色がかった瞳にはどこかしら精悍ささえ伺える。
「どうしても行くってのか?」
男に面してテーブルに肘をかけていた人物が呆れたような、それでも心配しているような、そんな眼差しを向けて声を出した。
「うん、・・・でも、今は旧祖に入り込むのはさすがに無理・・・だろうね。」
少し寂しさを持つ笑みで答える。
「確証が掴めてからでもいいじゃないか?」
言われて、目蓋の裏を掠めた忘れはしないあの光景を噛み締める。
「いる。断言していい。」
今度こそ、掴めなかったあの手を、指を握ってあげないといけない。
もう、離してはいけない。あの差し伸べてくれた手を。
強く、独り拳を握り締める。
「昔っから、聞かんなぁ、お前さんは。」
やれやれと言った口調でおどけられ、何のことかと顔を上げる。
にやりと笑われる。
「アキラのことになると。」
久しく懇意にしている情報屋の、源泉の癖のある細目が、同意を求めた。
「すいません。」
もうとっくの昔にばれてはいたが、改めて内心を見透かされたようで、ケイスケは照れ笑いを隠せなかった。
(あいつが、あそこにいるなら。絶対いる。)
シキが、アキラを自分の前から奪った。
遠く離れていく視界と意識の中、必死に、何もできずに見ているしかなかった。
アキラが、手を、伸ばしていたのに。
名前を呼んでいたのに。
(もう、何もできないでは済まされない。)
ラインを経つことなど、もがき苦しんだが、あの瞬間の慟哭に比べれば全く持って大したことではなかった。
源泉は自分が亜種だと言っていた。
だから、ラインは抜けても今まで持ち得なかった身体能力だけは残った。
きっとこれは、リベンジをするために残されたものなのだと思う。
このニホンを破壊させたものと同じもの・・・けれども。
(アキラ・・・・。)
ケイスケは苦しさを訴える感情をごくりと飲み込んだ。その瞳には、かつての弱さは無かった。

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