07/08の日記

08:22
EDEN REJECTION 29
---------------
微かに乱れ始め、そして大きく体を捩じらせる。
普段はあまり垣間見ることの無い苦悶の表情。
その顔を薄く開いた目蓋の間から見る。
そして、しばらくその乱れた呼吸の旋律を続けるうちに不意に止まる。
「っ!」
息が止まるような呼吸をあげて、体を大きく跳ねらせた。
そして、静かに体を揺り起こすと彷徨う視界がこちらを捕らえ、ぼろぼろに破顔させて安堵を得たように深呼吸を吐く。
気づかせないようにとの配慮のつもりなのか、恐る恐るというように、触れてくる。
その接触が目を醒まさせないものだと理解すると、少し笑みを浮かべ懐に入り込み、瞳を閉じる。
「・・・・・・。」
そしてまた寝静まる頃、目蓋を開けてその体を寄せる意識の無い顔を見る。
いったい何を見たのかなどと聞くつもりもなければ聞く必要も無い。
夢は夢。
脳が見せる記憶と記憶を繋ぎ合わせた幻覚でしかない。
起こさないつもりで当人は声も出さずに耐えているようだが、様子が一様ではないその気配ですぐに自身は覚醒する。
日常化しつつあるこの一連の行動に黙って付き合ってやるという必要も本来は無い。
それなのに、どうしてか、こうして気づかないふりをすることも癖になりつつある。
離していた手を、体を隣に預けるアキラの上に落とすと、僅かに揺れた。
落としてやると、退屈を訴えた手がアキラの背中を小さく撫でる。
微かな眠気がそうさせるように、意思のある行動ではなかった。
それでも、その感触を心地よいと感じたのか、目を閉じているだけのアキラがシーツに小さく折りたたんでいた腕を回してきた。
意味の無い接触。
意味の無い、持て余す気遣い。
しかし、どうしてこんなにも安らぐ心地がするのか。
その答えを探すことも意味が無い。
(馬鹿馬鹿しい。)
馬鹿馬鹿しいとは思う。
それでも確かに、ここに安らぎを感じる。
今まで持ち得なかった、ましてや必要とも思わなかったものを。
『必要?』
耳に過ぎる声に眉を寄せる。
見下ろすと垣間見えるその寝顔だけは、あの時から変わらない。
変わったといえば、ただ少し肌が白くなったくらいであろう。
それ以外は全て・・・・・・・いや、と内で改めて考え直し否定する。
ほとんどこれは変わってはいない。
ただそうあるべきだと認めただけの、何一つ変わらないアキラそのものだ。
堕ちたが、けして狂ってなどいない。ただ自分だけを求めるだけの最も卑しく浅ましい本来の姿をしているだけだ。
最も脆く弱く、醜い。
けれども、掻き動かされるほどの美しさを備え持つ。
『殺してあげる』
甘く啼くように言葉を紡いだその手が今力無く横たわっている。
今なら、その弱い腕でも簡単にこの首を大人しく握りつぶされてやっても良いものを、とつい出来心を生み出しほくそ笑む。
(それはそれで面白そうだな。)
自由を手に入れたその体でどうするのか。
どう生きるのか。
それはそれで知りたいと思う。
ここから出るのか。
それとも、根まで所有されたその体は永遠にここに留まり続けるのか。死して朽ちるこの体と共に。
今なら、それを試せるチャンスだというのに、安らかな寝息をたてる。
「まったく、貴様は・・・。」
思わず笑いが小さく零れた。
そして言おうとした言葉があまりにも不覚で、それでいて思いもよらない単語だった。
(踏みにじって、全てを捨てさせ剥奪し尽くして得たものがこれか。・・・・まったく持って意味が無いことだったな。)
自嘲する思考とは裏腹に、スルリと、喉元を言葉を胃に落とす。
苦くも痛くも無く、ただ少し肌をざわつかせるものだった。
徐々に消え行くかのように浸透していくこの言葉の重さに静かに身を置きながら瞳を閉ざした。

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

03:28
EDEN REJECTION 28
---------------
夢を見る。
楽しかった頃の日々。
重く苦しかった頃のあの日々。
しかし、どの夢にも必ず彼がいた。
そして思い返す。
見たことが無かったなんて、嘘だったことを。
ただ単に、自分は見逃していただけだったことを。
いつだったか、彼の部屋で怪我の手当てをしていたことがあった。
茶化して、してやったりというように、微笑した。
就職が決まった時、おめでとうと照れながら、微かに口角を上げて目を細めた。
ほんの一瞬の出来事にも、彼は笑いかけてくれていたことを、夢で思い出す。
見たことが無いなんて、それはただの盲信だった。
夢を見て、思い知る。気づかなかった自分に後悔する。
―アキラの笑った顔を見たことが無い―
本当は気づいていなかっただけだったのに。
そして、また彼の夢を見る。
雨の降る音。
嫌な夢だと、直感で感じる。
飛び散る水滴。
衣服の擦れる音。
抗う声。アキラの声。
自分があまりにも無力だと思い知らされる記憶。
その繰り返し。
「・・?」
しかし、いつもと違う感触を覚える。握り締める拳が動いたのだ。
あの時の姿ではない今の自分を知覚する。助けられる。戦える。
助けないと。殺して、救わないと!
瞬時に起き上がり、手にした刀で黒いコートの男を貫く。
これは夢だ。夢だと言い聞かせる。それなのに、歓喜を覚える。
「はは・・・・はははっ!」
やっと、叶った。
叶えられる。
アキラを・・・・。
「アキラ!」
嬉々とした声をあげて、アキラを見遣る。
そこには、何も無かった。
一瞬、頭が混乱する。夢なのかどうかも定かではなくなり、今貫いた相手へと顔を向ける。
ケイスケは、瞬きすることも忘れ凝視する。
貫いた肉体から、血が流れる。
ポタリポタリと流れ、足元を潤していく。
貫いたのは、あの男ではなく・・・・
「ぁ・・・・あ・・・・・・・、ぅ・・・そだ・・・・。」
声にならない言葉が出る。悲鳴に近かった。
アキラの血が、自分をぬらしていく。
アキラが無表情のままこちらを見る。
助けると、誓ったのに。
どうして、こんなことになるんだ?
一歩一歩、直視を避けられないまま後ずさる。
アキラはそれでも見ている。
「・・・。」
小さく、アキラはつぶやいた。・・・・ごめんと。
そして夢は終わる。
夢の出来事だ。
現実味の無い内容で当然だ。わけがわからない内容で当然だ。
体を起こしたケイスケは、寝汗を拭う。
そして激しく動く動悸を鎮めようとペットボトルに口をつけた。
嫌な夢であった。
まさかアキラを刺すなんて、なんてものを見てしまったのだろう。
嫌悪感よりも、違和感を覚える夢だった。
「ごめんって・・・・・・。」
妙な夢だった。あの小さい声が忘れられず、脳に残る。
気がつくと慌しい空気の中に自分がいることを思い出す。
レジスタンスの組織の中に身を置いていた。
彼らもケイスケの力には一目を置いており、頼りにされていたが、ケイスケ自身はそのレジスタンスの思惑とは違うところにあった。
あくまでも、自らの目的遂行の為に置かれた駒である。アキラを救うという目的の為に、親しくなりつつあるこのレジスタンスの彼らを囮に使うことは心をひどく痛めつける。駒と位置づけているとはいえ、やはり罪悪感が内面に傷を作る。
痛みを伴うが、それでも喪失に比べれば無痛に等しい。
彼らが蜂起すれば、それが隠れ蓑になり、トシマへ入ることも、単独行動に比べれば容易い。
源泉から引き継いだルートのメモもある。
蜂起の実行まですぐ目の前だ。
あと、少し。あと少しで、アキラに会える。
会ったらまずは謝ろう。
今は、彼に笑われるよりも、怒鳴られたい気分だ。
あんなに必死に自分と対峙してくれた、帰ろうと言ってくれた彼に、今ならもっと正面から、真摯に、本心を言える。
「・・・・・。」
先ほどまで見せていた悪夢はだいぶ薄らいできたが、最後のアキラのあの言葉は、いつまでもケイスケの中に残った。

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ