07/09の日記

23:20
EDEN REJECTION 30
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「・・・・?」
先程から外がやけに耳障りだ。
しかし、それがアキラにとって興味を引くものではなかったため、ベッドの上に置いた体を動かすことは無かった。
それよりも、シキがいないことに苛立ちを覚えていた。
遠征に行っているのではないのに、何故に傍にいてはくれないのか、城中の人間を憎むほど恨めしい。
それも丸一日だ。
膝下を宙にぶらつかせて交互に回すと足の指を伸ばして遊ばせる。
退屈でしょうがない。
誰も来ない。
シキが帰ってこない。
今ここにいるはずなのに。
しかし、想いを馳せることすら叶わぬほどの雑音にいい加減シキの不在とは別の苛立ちもつのってきつつある。
「うるさい・・・。」
そうこうしているうちにまた日が暮れる。
夜になるというのにどうしてこんなに空が明るいのか、珍しいこともあると思いつつも、そんなことはシキが戻らないことに比べたら、本当にどうでも良いことだった。
苛立ちで眠ることすらできずにいると、ドアが開いた。
「・・・っ。」
体が反射的に起き上がり、上半身をドアへと逸らした。
みるみるうちに笑顔がこぼれる。
「おかえり、シキ。」
待ちかねていた主人の帰宅にアキラは全身で喜んでシキに抱きついた。
アキラを見てシキは目を細め、アキラの後ろ髪を摘み掬い上げて引き寄せる。
「いい子にしていたか?」
言われてこくんとうなづき、そして不満そうに顔を膨らませる。
「どうして、城にいたのに傍にいてくれない?」
「そうふて腐れるな。」
膨れた頬を指でつままれると、今までの不満は一気に消えていく。
「シキ、ねえ。」
頬に触れるシキの手のひらにアキラは自らを重ね、シキの肩に手を這わせると背伸びをして顔をあげた。
ずっと触れていなかったというほど久しいと思える唇の感触。
閉じていた目蓋を上げて、アキラはシキを見た。
「血。」
「?」
アキラの不可解な言葉にシキはアキラを見つめ返す。
「血の匂いがする。」
アキラはそう言うと、シキの肩口に鼻をあててスンスンと鼻を小さく鳴らしてみる。
「まるで犬だな。」
言われてアキラはクスクスと小さく笑う。
「シキは犬は好き?」
「犬によるな。」
「じゃあ、俺、犬になる。」
なぜそんな答えが出るのか意味がわからないとシキは小さく苦笑するが、アキラは嬉しそうに答えた。
「そんなに他人の血が嫌いか?」
言われてアキラはうなずいた。
「そうか。」
「・・・ぁっ。」
突然、弾き飛ばされ床に腰を打ち、アキラは呆然としてシキを見た。
「シキ?」
シキは静かにアキラを見下ろし、右手を腰元に、刀の鞘に当てる。
「じゃあ、貴様の血の匂いでもつけてみるか。さぞかし濃厚だろうな。」
見蕩れてしまうほど綺麗な刀身が姿を見せ、その切先がアキラの首元を向く。
「一滴も取り零しはせん。流れる血は全部俺が貰い受けてやる。」
シキの言葉が凍えるほどに冷たく痺れを孕んでアキラの耳に響いた。
けして戯れで言っているのではないとわかる。
いつか、それは突然訪れると思っていた。
いつか、叶うと思っていた。
けれども、本当に叶うのか不安に思っていた。
じわじわと高まっていく死の恐怖に、どうしてこんなにも甘い快感を覚えるのか。
シキを手に入れる、やっと欲しかったシキの心を手に入れる最初で最後のチャンスが訪れたのだ。
「ねえ、シキ。最後に聞いていい?」
アキラの声が死を前にしているにも関わらず、睦言のように甘く囁く。
「言ってみろ。」
シキも、凄みなど一切無い、いつもと変わらない抑揚の無い低い声で返す。
アキラは照れたように、少し眉を下げた。
「別に、答えを聞きたいわけじゃないから、何も言わなくていい。ただ、これだけ、ずっと聞きたかったんだ。」
一つ瞬きをして、その一瞬さえも惜しむように全神経をシキを見つめる瞳に込める。
「俺のこと、一度だけでも愛してくれた?」
そして、アキラは笑顔のまま、瞳を閉じる。
満足したから、これでいい。
何も言わなくてもわかってる。
シキは、嘘なんかつけない。
シキの目は嘘を言わないことを、
(俺は、知ってるから。)

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