07/10の日記

16:50
EDEN REJECTION 31
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暗闇だけの世界が広がる。
もう、本当に何も望まないから、何も無くて良い。
ほんの僅かな時間が経つ。
けれども何も変わらない。音もしない。
それとも、すでにシキはこの体を葬ったのだろうか。
ただそれに自分が気づいていないだけで。
そうではない。
体に感じる空気の静かな流れは変わっていない。
目の前の暗黒は虚無ではなく、瞳を閉じた世界を見ているだけだ。
「っ!?」
腕を掴まれた。
驚いてアキラは再び目蓋を開けてしまった。
「来い。」
捥がれるかというほどの強さで掴まれ、引き摺られていく。
気遣いなど一切無く、痛みと不可解なシキの行動に顔を引きつらせる。
「シキ?痛・・・いっ!」
奥に備えられてあるほとんど二人が活用したことなど無いウォークインクローゼットがその先にある。
以前は前の持ち主がよく利用していたのだろうが、シキがドアを開けると見事に何もなく、ほこりだけが溜まっている場所だった。
「・・・何が起きているかわかるか?」
シキが口を開く。
「何がって?なに?」
本当にわからないというアキラの顔を見てシキは小さく溜息を吐く。まるで笑うように。
「っ!」
シキはアキラの腕を掴み上げて、アキラの体ごとクローゼットの中へ投げ込んだ。
アキラにとってはこの部屋という唯一の世界だけが生きる世界だということを今の返答から、まざまざとシキは思い知る。
「殺さないの?」
命乞いするかのように、アキラはシキに死を乞うまなざしを送る。
特に不要になったというわけではない。
それでも今は壊す必要がある。
ましてやそれ自体も望んでいる。これほどまでに。
(何をしようとしているのか、全くどうにもならん。)
なんと愚かなのだろうとシキは自身を思う。
そうすることですでに牙も鋭い爪も無い者がこの先どんな目に遭うかなど、想像も容易いではないか。
全く以って常軌を逸した、無計算な結論。
「耳を塞いでいろ。」
再び紡がれたシキの言葉はひどく、今までに聞いたことが無いほど穏やかなものだった。
それがあまりにもさり気無さ過ぎてアキラは何を言われたのかすら理解するまで時間がかかった。
「え?」
「何も、何一つ音がしなくなるまで、ここから一歩も出るな。何一つも、だ。それまでここにいろ。」
シキに命令を下されたアキラはその言葉に反抗するわけでもなく、ただ一度頷いた。いつもの通りに。
「どこからも音がしなくなったらここを出ていい。」
「うん、わかった。シキの言うとおりにする。」
少し不満気だが、それでも笑顔を見せる。
シキは続けて、アキラにひとつの宣告を告げた。
「ここを出たら、お前は自由だ。」
アキラがその言葉に笑顔を崩す。
しかし、反論しようにも、アキラはできなかった。
初めて、見た。
「・・・アキラ、お前は自由に生きろ。」
そして、アキラの言葉を待つことなく扉は閉ざされ、暗闇が広がる。
動けなかった。
(どうして。)
どうしてそんなことを言うのかわからない。
(どうして?)
どうして、何故、その言葉を、あんな表情で、
(笑ってくれたことなんて、あんな風に笑ってくれたことなんてなかったのに。)
自分は確かに愛されていたんだとしか思えないような笑顔で言うのか、わからなかった。
(シキ・・・?)
言われたまま、耳を塞ぐ。
シキがそうしろと言ったから。
ずっと聞こえる騒音が嫌いだから。
シキの声以外、何も聞きたくなかったから。
シキに言われたことを、自分の意思で耳を塞ぐ。
世界を拒否する。
ずっと、ずっとしてきた。
けれども、この遠くから響く音が何も無くなってしまったら、アキラはシキから解放される合図となる。
嫌だと何度も脳内で連呼する。
シキがいない。
いなくなる。
(じゃあ、どうしたらいい?どうにもできない、何にも!)
トシマを思い出す。
考えてみれば、あの時から恐怖から目を背けてきた。
シキが、ニコル・プルミエと対峙した時から。
もし、あの時、シキを止めていたら。・・・どうなっていたのだろう。
もし、摂取してしまったラインの汚染を、自らの血で拭うことができたら・・・・今の二人の関係はどうだったのだろう。
本当は、あの時自分が世界を拒否さえしていなければ、こんな望まぬ結末など無かったのではないのか。
手にかけた殺人の罪も、愚かしい自身の所業も、これほどまでに世界を狂わせてしまったことも全て、己が引き起こしたことだったのではないのだろうか。
けれども、世界を見るのは恐怖だ。
聞くのは恐怖だ。
(でも、もっと嫌だ、怖い。)
シキが隣にいてくれないこと、それら以上に恐ろしい。
体が熱を灯す。息をするだけでも心臓がおかしくなりそうなほど苦しい。
「自由って・・・なんだよ・・。」
シキはわかっていない。
何にもわかっていない。
「俺は、・・・・ずっと・・・・俺の意思で、あんたのそばに、いた・・・俺は、ずっと、きっかけはどうであれ、ずっと・・・自由だった。」
自分の意思で、シキに所有されたかったから、所有されていたそれだけだった。
(だから、俺は自分の意思で、・・・・今はあんたには従わない。)
シキに閉ざされた扉に手をかける。
開かれた隙間から、暗闇ではなく外の光が目を焼くほどに眩しくアキラへと放たれた。
アキラを置き去りにし、シキは部屋を出た。道を阻む者は全て切り倒す。磨かれた床は血の海となってシキの通り道となった。
外と通じていた内部と、レジスタンスの同時テロの勃発。
いづれはそのようなこともあるであろうとは思っていたが、予想できていなかったのは、その勢力である。
シキと同等ほどの能力を持つライン適応者の存在。
自勢力の衰弱など露ほども気にかけず、シキの興味はその存在だけに引かれた。
広間へと出た。
そこに、一人の男が立っていた。
見ない男である。すぐに、敵勢力の人間だとわかった。
そして、もうひとつ理解する。眼である。
「貴様が適応者か。」
シキは男を見て満足そうに微笑した。
シキの気配に気づいていた男はシキの姿を見るなり、眼を血走らせ、獰猛に睨み付ける。
「見つけた。」
一つ一つの単語が呪いじみたように吐き捨てる。
「・・・だよな。俺のことなんか知らないか。でも、わかるよ・・・そう、その黒。お前だ。お前がシキだ。」
男は、ケイスケは狂いそうなほどの怒りを必死で抑え、シキと対峙した。
ケイスケは手にしていた刀を突きつけた。
「返せ。アキラを。」
シキは、アキラの名を聞き目の色を変え、再度目の前の男を見遣る。
「アキラはどこだ。」
そして、巡らせた思考が理解し、シキは返答する。
「知らんな、そんなものは。」
その返答に、ケイスケは忌々しく歯噛みした。
「取り戻す?そんなことの為にここまで来たのか。目出度いな・・・愚鈍の極みにもほどがある。」
シキが自身の刀を構える。
「くだらん理由で俺を殺すか?」
「何とでも言えばいい。俺はお前を殺す理由がある。そしてアキラを取り戻す。」
互いに構え、始まりを待つ。息を読む。
そして、声も無く、同時に二人はその首目掛けて飛び込み、刀同士がぶつかり合い、つんざくようなインパクトを作り出したのだった。

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