07/13の日記

23:35
EDEN REJECTION 32
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見るものがいれば、双方互角のように見える。
しかし、実力は圧倒的にシキが上回っている。
当たる刀の衝撃に二の足を踏まれケイスケは歯噛みする。
優雅にして強靭。
なるほど、この国の事実上支配者とは筋書きだけではないのだと思い知る。
それでもケイスケは撃たれる度に無駄が削げ落とされ、限界を知らないかのようにレベルを上げて血路を作り出していく。
これまでの荒々しい叩き上げが功をなしている。
「鈍いな。」
耳元で掠められる嘲笑に瞬時に切り返すが、剣先で受け止められる。
それでもその速さが髪を掠め一束散る。
「奢っていられる余裕なんか、無い!」
ケイスケが混じった汗にニィと笑顔を作る。
「全部、全部奪って、それで生きていけるなんて・・そうはさせない!」
確かに腕はまだ半端者であるが、しかしケイスケの押しは強く実力は認めざるを得ない。
「ちぃ!」
果てを知らない渾身の力で突かれ、こちらも応戦する。湧き上がる久々の闘争に心地良ささえ感じる。
「奪う?」
シキは鼻で嗤った。
「誰のものを俺が奪った?」
シキが憐れむかのような声色でケイスケを挑発する。
「貴様のことを何と言うか知っているか?正道という綺麗ごとに囚われたただの執着心、妄念というものだろう。」
それだけで八つ裂きにされそうなほどに、ケイスケの視線がシキを睨む。
そして、自身も憐れむ。
(邪道だと理解していたからとて、妄念は妄念。)
アキラに執着する目の前の男を見て、まるで自身の姿を見るかのような錯覚を覚える。
「そんなことくらい、わかってる。だから・・・だからこそ、俺はお前を許さない。」
シキに言われて恥じるその奥底には、アキラを助ける、取り戻すというものがいかに自己欺瞞で執念に塗れたものかと嘲る自身との対峙があった。
アキラにとって、ケイスケはあくまで幼馴染でしかない。
どんなにそうあればいい、こうありたいと願ったところで、それは妄念にしかないのだ。
奪っていったなど、何とも浅ましく愚かしい妄念の塊なのだろうと思う。
それでも、とケイスケは思う。
「俺の、俺のただの恨みだ。腹いせだ。・・・それのどこが悪い。」
自分の意思を通す。
「アキラが手を伸ばしたのに、掴めなかった。だから俺は、お前を、アキラを奪ったお前を殺して、そしてアキラの手を今度こそ離したくないんだよ・・・アキラじゃないと、駄目なんだ。」
例えどんなに血で染めることになっても、それでもアキラが握ってくれるなら。
全部、自分の意思であるなら後悔なんてしない。そして、初めてアキラと対峙できる。
「アキラを返せよ!」
構え直し、ケイスケは上段からシキへ襲い掛かる。
「・・・っ。」
回避するくらい、何のことはなかった。
そのはずだった。
こんな場面で気後れした。それはほんの一瞬であったのだが、その一瞬だけでも命が散ることなど当にわかっていたはずだ。
違和感を覚える。
(上段はフェイクか。なるほど、見かけによらずと言ったところか。)
強さは認めざるを得ない。
それで命を落とすことを悔いる必要もない。
苦痛がもたらすものは、歪んだ痛みではなく、恍惚。
逸らした体は完全な回避が利かず、左腕が刀身に直撃する。
鋭利な刃筋は鮮やかな血糊をあげて肉体から腕を剥がす。
(赤い、か。)
それでも自分は人の血をしていたのかと関心した。
「アキラ・・・か。」
置き去りにしたかつての所有物が脳裏に浮かぶ。
「知らんな。」
呟いた言葉はまるで自身に言い聞かせるようだと自嘲する。
「・・・・、クソっ。」
シラを通すかのような言い方にケイスケは苛立ちを隠さず前に立つ。
この男は知っていて隠している。それだけはケイスケにもわかる。
しかし、何故かがわからない。
アキラがどこにいるか、それを聞き出せるなら本望であるが、それは城を探せばいい。
今疑問に思うことは、何故なのかということだった。
「っ!」
すかさず切り込むが、片腕とは思えないほどの力で弾かれる。
「これで命を取ったと思うな、雑魚が。」
わからない。
シキがわからない。
殺してしまえばいい。それなのに、どうしてこんなにも疑問だらけで不愉快なのか。
こんな、血に餓えた狂人など、殺した方が良いに決まっているのに。
「く!」
思索を捨て、再度飛び込む。
シキは流れる血液で血が足りないのか、ケイスケに押される。
しかし、ケイスケの動きが止まった。
ケイスケは攻撃せず、後ろを振り向いた。
シキもその視線を追う。
「・・・・・。」
身に着けている衣服ともども足元まで血だらけになり、手元に柄物を掴みそれすらも血に塗れている。
ひどく息をあげ、今にも絶命しそうなほどに衰弱している、アキラが立っていた。
「何故だ?」
誰よりも先に、シキが驚いたように小さく呟いた。
命令したはずだ。
何故言うとおりにしなかったのか。
「アキラ・・・なのか?」
思わずと言ったようにケイスケが感嘆の声をあげる。
「ケイスケ・・・?」
今までのことを忘れるほど、アキラの声に魅せられる。
ずっと、ずっと聞きたかった声だ。
「アキラだ。本当に、アキラだ。」
近寄り、そっと抱き寄せる。
死んではいない、確かに温かいぬくもりを、懐かしい匂いをケイスケから感じる。
そしてシキを見る。
(やっぱり、怒ってる?・・だろうな。)
「ケイスケ・・・・。」
アキラの声に耳を傾ける。
「ずっと会いたかった。謝りたかった。」
「俺も。俺もアキラに謝りたかった。」
変わらない声。
懐かしくて眩しすぎるほどだ。
「帰ろう、アキラ。」
もう、それだけで十分だった。
アキラが傍にいてくれる。アキラの感触を全身に感じる。
ずっと触れたかったアキラが目の前にいる。
「・・・アキラ?泣いてるの?」
言ったケイスケ本人も頬を伝う熱さを感じながら、アキラを見た。
ドクドクと心臓の高鳴る音を感じる。
「ごめん。」
たった一言アキラが震えた声で囁いた。
こんなことなど、したくなどない。
したくないなら、しなければいい。
けれども、それではもうシキの傍にいられない。
シキの傍にいるためには、自分も抗うしかない、戦うしかない・・・それしかないのならば。
「もう、帰るところは一つしかない。だから、ごめん。」
帰るところも、行くところも、シキのいるところしかない。
持っていた刀がケイスケへと向く。
声をあげたのはシキだった。
「貴様はもう自由だと言ったはずだ。そうする必要など無い。」
シキはわかっていない。これは、
「俺の意思だよ。」
「・・・・・。」
アキラの行動に驚いたが、ケイスケはひどく納得をした心地がした。
疑問に対する答えを見た。
「シキと一緒にいたいんだ。俺の意思で。それを阻害されるなら、どんなに大切な人間でも、たとえケイスケでも許さない。・・・世界が邪魔をするなら、俺は世界すらも許さない。」
強く、アキラはシキへと告げた。

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