パラレル

□幸せなれ苦しまず辛い思いなどせず幸せになれ、僕よ
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小さなモニターにはすやすやと眠る翠の姿が映っていた。
だがカメラに背を向けているため本当に寝ているかどうかはわからない。
そのモニターを隠すように久弥はその前に立っていた。
実の兄に銃を突き付けられて。
「翠はどこだ、久弥」
兄が凄味をきかせても久弥は首を振った。
「兄貴には教えねぇよ」
久弥は恐れを持っていた瞳で悠弥を睨み返す。
「ならお前を殺すまでだ」
「嫌だね」
久弥も銃を兄に向けた。
「翠は、オレのだよ」
「何を言ってるの?翠は僕のだよ」
悠弥の左の薬指に翠と揃いの結婚指輪が光る。
久弥は何度も何度も翠から取り上げようとしたが、失敗したもの。
「翠は僕の妻だよ。キャバッローネの後継ぎを産んだのも翠だ。お前もそれはわかってるだろ?」
翠が悠弥に産んだ息子の悠希は今年で12歳になる。
「わかってるさ。オレだって理古を産む時翠に世話になったからな」
久弥が日本人の愛人の子供を身籠った時に色々と世話をしたのは一児の母である翠だ。
久弥が産んだ理古も愛人に預けたままだが、元気に育っていれば2歳になるはずだ。
「わかっているなら話は早い。翠を返してもらうよ」
「嫌だね」
「翠を僕の所から奪ったのは君でしょ?」
悠弥の言葉に久弥はにやりと笑った。
久弥が翠を悠弥の元から連れ去ったのは1年と数か月前。
嫌がる翠を連れ去り、兄に内緒で用意した家に監禁していたのだ。
だが悠弥がここを突き止め、1人で侵入を開始したのは30分前の事。
「兄貴は知ってたっけ?オレの初恋の人が翠ってこと」
「・・・・・・ああ」
「じゃあ、オレ達の事は放っておいてよ。今、幸せに暮らしてるんだから」
久弥は引き金を引いた。
銃弾が悠弥の右肩を擦り、血を流した。
「兄貴はもう十分でしょ?ボスの座に就いて、可愛い息子も手に入れて・・・・・・オレはずっと兄貴の影に居たんだよ?」
母が悠弥を連れて出かけても久弥は文句を言わなかった。
兄に不当な仕事を頼まれても嫌とは言わなかった。
それは大好きな悠弥のため。
でも幸せになる兄を見ているのは少し苦しかった。
もちろん自分に子供ができたとわかった時は幸せだった。
あの期間は無条件で幸せで居られた。
でも子供が生まれてすぐに引き離されれば、また苦しみがやってきた。
だから久弥は翠を連れ去った。
幸せになりたくて、とは言うものの、本当は自分の欲を満たしたいだけ。
久弥が笑うと、悠弥は引き金を引いた。
銃弾は久弥の胸に飲み込まれた。
「さようなら、哀れで可愛い僕の弟」
血を流しながら久弥は床に倒れた。
そして兄を見上げ、そっと笑う。
「もし次があるなら、また兄貴の弟にならせ――」
言葉の途中で久弥は事切れた。
久弥が隠していたモニターには空っぽの部屋が映っていた。

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