パラレル

□Ti Amo
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「千冬」
軽いノック音の後、正装した悠弥が千冬の部屋の入り口に立つ。
「用意できた?」
「はい、兄様」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
千冬は椅子から優雅に立ち上がった。

石畳の街を馬車で走りぬけると、荘厳なオペラハウスが姿を現した。
そのオペラハウスの前で馬車が止まると、悠弥が颯爽と馬車を降りた。
そして、後から降りる千冬に手を貸した。
「行くよ」
「はい」
千冬は悠弥の後についてオペラハウスの中に入った。
華やかに装った人々で溢れかえるロビーで、悠弥は千冬を連れて取引先や旧知の者と挨拶を交わした。
兄が話している間に、千冬はロビーをゆっくりと見回すと、目的の人物を見つけた。
千冬の家に負けないくらいの財産を有した富豪の若き主、凛音だ。
最近結婚したばかりの彼は妻を傍らに、旧知の者と世間話に花を咲かせていた。
しかし、彼は相槌ばかりで、話しているのはもっぱら妻の方だ。
千冬がじっと凛音を見ていると、凛音も千冬に気付いたように視線を向けてきた。
凛音が千冬に微笑みかけると、千冬は顔を赤くしながら軽く頭を下げた。
「千冬、そろそろ座席に行こうか」
「あ、はい」
そこで悠弥に声をかけられ、千冬は悠弥に従いロビーにある大階段を登った。
一度、千冬は踊り場で凛音の居る方向へ振り返った。
凛音は妻の白い肩に手を添え、千冬に向けたのと同じ笑みを妻に向けていた。
それを見た千冬はとても悲しくなって振り返る事は二度となかった。

凛音は視線を感じて階段の上を見上げた。
それは、ちょうど千冬の背中が2階の廊下へ消えるところだった。
「どうしたの、あなた」
隣で不審に思った妻が不思議そうに凛音を見上げる。
「あ、いえ」
凛音は慌てて作り笑顔を妻に向ける。
「昔からの知り合いが居たので挨拶をしようと思ったら、もう座席に行ってしまったんです」
「そうですの…ご挨拶は後にして、わたくしたちも座席に向かいましょう?せっかくお父さまが良い席を確保してくれたのですから」
「そうですね。そうしましょう」
凛音は妻の言葉に押されて階段を登った。

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