パラレル

□Ti Amo
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舞台では主人公に恋心を寄せる侍女が拷問を受けていた。
姫は主人公からの求婚を逃れるために、彼の名を知らなければならない。
そのために侍女を拷問しているのだが、侍女は口が堅く主人公の名を口にしようとはしなかった。
「なぜお前はそんなに耐えられるのか!」
難役をこなしているソプラノの声が侍女に問い掛ける。
「それは愛の力です、姫様」
表現力、演技力に優れたソプラノ歌手はそう答えると、衛兵の役から剣を奪い取り自殺の演技をした。
自ら死ぬ事でしか愛を表現できなかった侍女を見て、千冬は視線を舞台から正面に見える個室に目を向ける。
そこには凛音と凛音に寄りかかってオペラを見る妻の様子がよく見えた。
劇場内の個室はいくつもあるが、千冬の居る個室と、凛音の居る個室は謀らずも向かい同士になってしまったのだ。
そのため暗くても、舞台の僅かな照明で向かいの個室がよく見えるのだ。
千冬は仲睦まじいと称される2人の姿を見て顔に悲しみを浮かべると、隣に座る悠弥に中座する旨を耳に囁いた。
「どうしたの?やっぱり、具合悪かった?」
「ううん。平気」
人より少し体が弱い千冬は今日も少し気分が悪かったのだが、今は別の意味で気分が悪かった。

凛音は千冬が個室を出て行くのを見ると、少し考えた後、妻の肩を軽く叩いた。
「ちょっと失礼」
夫の意図がわかった妻はぷぅと頬を膨らませた。
「中座は役者の皆さんに失礼よ」
「すみません。すぐに戻ってきますから」
凛音は妻を宥めると、静かに個室を出た。
そして千冬を探しに廊下を早歩きで進んだ。

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