パラレル

□Ti Amo
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千冬は人の居ないレストルームに入ると、鏡の前のテーブルに両手をついた。
目を閉じて俯くと、重力に従った涙が頬へと流れ落ちる。
どこのパーティーでも目にする凛音とその隣に寄り添う妻。
それを見るたびに千冬は締め付けられるような気持を抱えていた。
今人々が楽しんでいるオペラも、心を締め付けるような内容だった。
愛する人のために自ら命を落とした侍女。
自分もあの侍女のように死ぬ事でしか愛を表せないのだろうかと思うと、千冬の目から涙がさらに流れた。
声を上げて泣いていると、扉が開いた。そして鏡に凛音の姿が映った。
千冬はそれを見ると、驚きながら振り返る。
「凛音、さん……」
凛音は千冬と向かい合うと、千冬の手を取った。
「千冬」
優しく名を呼ばれた千冬は、凛音の腕の中に飛び込んだ。
「Ti Amo.(愛してる)」
「Ti amo troppo.(私も愛してます)」
郊外の別荘ではないにも関わらず、2人は愛を囁くと唇を重ねた。
しかし、千冬の頭のどこかでこれではいけない、という思いが生まれた。
千冬は唇を離す事で、どうにか砂糖菓子のような甘いキスから逃れた。
再び俯くと、涙がまたあふれてきた。
「千冬、顔を見せてください」
凛音の手が千冬のあごを取って上を向かせると、真珠のような涙が千冬の目から流れた。
凛音はその涙をすくおうと再び千冬に顔を近づけると、千冬は首を振って凛音から離れた。
「ごめんなさい」
千冬は小さく呟くと、凛音を残してレストルームを出た。
凛音は千冬の背中を見送ると、悲しげな目で自分の手を見ていた。

舞台からは愛の勝利を高らかに歌う歌が聞こえていた。

fin.
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