宝物

□Colors(ちとくら) 裏有
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Colors







「…は、…あ…っ」


細い体がびくびくと震える。
目元に涙を溜めて切なげに眉根を寄せる姿は何とも悩ましい。


「ち、とせ…、…も…早く…っ」


彼の悦ぶところを知り尽くした長い指に散々弄ばれ、切羽詰まった声で懇願する。
しかし、いつもは穏やかなはずの恋人が今日は少し違っていて、簡単には願いを聞き入れる気はないようだった。


「ん?何ば早くしてほしいとね?」

「…っ、」


口角を上げ、分かりきったことをわざわざ言わせようとする恋人を恨めしげに見上げた。
そんなことをしたところで彼が動じるはずもなく、更に笑みを深めると白石の髪にくしゃりと指を差し込んだ。


「……っ、…」


そんな小さな刺激さえ敏感に感じとった身体がつい反応してしまう。


「……っん…ぁ…」


そんな自分の身体を恨めしく思いつつも、熱い指先に撫でられ声が抑えきれなかった。


「蔵は髪撫でられて感じると?やらしかね」

「…っ、うっさい……!」

「蔵、どうしてほしいと?」


白石は、いつもと様子が違う恋人に戸惑っていた。
普段は自分が困ることなんて絶対にしないはずの彼が、今は鋭い目付きで自分を見下ろしている。
いつもと違う。
いつもなら、まるで壊れ物を扱うように、大切に、優しく抱きしめてくれるのに。


「…も、嫌や…っ…千歳…お願いやから…っ」

「言って?」

「…っ!」


「お願い」と望んで、彼が叶えてくれなかったことはない。いつでも自分の気持ちを汲んでくれていた。
こうして抱き合うときもそうだった。
なのに、今日はいつもと違う。


「…っ、ちとせ…」


限界を訴える白石の瞳から、とうとう涙がこぼれ落ちる。
千歳は頬に伝った涙の筋を舐めとると、耳元で甘く低く囁いた。蔵、とその声でそう呼ばれるのに白石は弱い。そのまま耳朶を甘噛みされ、甘い声を漏らしながら身を震わせた。


「…っんあ…は……ちと…せぇ…」

「うん?」

「…………いれ、て…?」


羞恥のあまり自分の両手で顔を覆ってしまった白石に、千歳はいつものように優しく微笑みかけた。


「…よかよ」


それから、白石の前でしか見せることのない雄の顔つきになり、顔を隠す彼の手の甲に口付けた。


「好いとうよ、蔵。愛しとう」


力の入らない腕を退け、額に、頬に、そして
唇にキスを降らす。


「っんあ、あ…!ふ…っ、あ、ん…!」


やっと与えられた快感に、ひっきりなしに甘い喘ぎがこぼれ落ちる。

千歳は、自分の手によって快楽に溺れていく白石を、優しく、そして満足げに見つめていた。







「…………で、」

「ハイ…」

「何や今日は機嫌悪いなぁと思っとったら……結局何やったん?」


白石は事に及ぶ少し前のことを思い出していた。
朝会ったときはいつもと変わらないように見えたのに、昼休みには見るからに不機嫌なオーラを出していた。
あまり感情を表に出さない彼にしては珍しい、とは思ったものの、そこまで気にしてはいなかった。放課後、家に連れこまれほとんど強引に抱かれるまでは。


「すまんばい…」

「何怒っとったん?」


ばつが悪そうに苦笑してうつむいた顔を白石が覗き込む。
少し赤くなった目にじぃと見つめられて、性懲りもなく可愛いと思ってしまう。いかんいかん、と千歳は自分の手で両頬を軽く叩いた。


「千歳?」


これは正直に言うしかないなと覚悟した千歳は自嘲気味に笑った。
それを見た白石が、更に怪訝そうな顔をする。


「…2限終わった後、辞書借りよう思って蔵のクラスば行ったけん」

「え、そうやったん?俺辞書貸してへんやん、大丈夫やったんか?」

「まぁそれは口実ばい」

「口実かい……」


大袈裟にがっくりと項垂れる白石の髪をゆっくりと撫でた。
白石が顔を上げると優しく微笑み、今度は頬に、肩に、腕に、そっと触れる。


「…こうやって」

「ん…?」

「他の男が蔵に触るん、見てられんかったばい…」

「………………は?」


苦笑混じりにそう言う千歳に、白石は口を開けてポカーンとする。
回転の早い頭で今彼が言った言葉を整理し、結論に行き着くことは容易かった。
要するに、この男は。


「……妬いとったん?」

「まぁ、そういうことやね」

「……他の男って…謙也とかその辺やろ」

「俺以外の男には変わらんと」

「触るって、せいぜい抱きつくくらいやろ…?」

「それでも」


嫌なんよ、と耳元で囁かれ、白石はほんの少し体温が上昇するのを感じた。


「…ん?蔵、抱きつかせたりしてると…?」

「え、あ……まぁ、ノリでっちゅーか…もちろんそんなしょっちゅうやないけど」

「いかんたい!絶対いかん!」

「いや、お前
なぁ…」

「蔵は美人さんたい、心配なんよ…」


まっすぐな愛情をくれる彼が愛しくて、白石は気付けば笑ってしまっていた。
千歳はやや不満な表情を浮かべる。


「笑い事じゃなか…」

「あんなぁ、千歳」


女も男も魅力するであろう綺麗な笑顔を見せられ、千歳は思わず彼を凝視する。目が、離せない。


「……当たり前やけど…こんなんすんのはお前にだけ、やで?」


そう言って触れるだけのキスをされれば、機嫌なんて一瞬でよくなってしまう。
自分でも現金だとは思ったが、目の前の白石があまりにも綺麗だから、と適当に理由をつけて抱きしめた。


「……でも、あんま触らせたらいかんよ」

「はいはい、わかっとるよ」

「好いとう」

「ん、俺も好きやで」

「愛しとうよ、蔵」

「俺も、世界で一番愛しとるで」


想う度、言葉にする度、溢れ出してこぼれ落ちる。
止まることを知らないそれは、捌け口を探している。

この互いを求めて止まない腕は、そういうことなのだ。

二人きりの世界に、あふれて、広がる、幸せの色。





end.






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