2周年フリリク

□私の中ではもう真夏日
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暑い。ナイ。死ぬ。
そうぼやいたら、一瞬だけ顔を上げた泉に心底嫌そうな顔をされた。なんだなんだ、心底嫌な気分なのは私の方だ。


「おまえ、人ん家に上がり込んで文句言ってんじゃねーよ」
「だって暑いんだもん。まだ夏前だってのに頭おかしいんじゃない」


ちなみに頭おかしいんじゃない、というのは泉ではなくこの異常気象に対してだ。去年の5月はもう少し朗らかだった記憶があるのに、なんなんだ今年は。半袖に短パンであるにも関わらず、背中にはいくつも汗が浮かんでいるのが分かる。テーブルの上のリモコンを掴んで、了承も得ずエアコンを付ける。ピッ、という音が鳴ると勘付いた泉の頭がぐりんっとこちらに向いた。


「おっまえ、電気代無駄だろ」
「無駄じゃない、だって暑いもん」
「オレん家だぞ、ここ」


うんざりしたように睨まれるけれど、別にそれに負けたりしない。もうずっと一緒にいたのに、今さらそんなものが効くはずがなかった。だって私は、彼が何だかんだで私に甘いことを知っている。予測通り、ため息を吐いただけで何も言わなくなった泉は、視線を私から外した。
少しして、エアコンからの冷風を肌に感じた。涼しい。やっぱり夏はエアコンがなくちゃ生きていけないな、と思った。


「泉ー、ジュースもらうねー」


返事も待たず、よいしょとソファから腰を浮かせた。泉も別に怒ったりはしない。私の勝手はいつものことだ。
ペタペタと裸足のままでキッチンまで行き、冷蔵庫の中からコーラのペットボトルを取り出した。その場で開けるとプシュッと涼しげな音を立てる。
歩きながらコーラを飲む。リビングに戻ると、さっきまで私がいたソファには今は泉が腰掛けていた。相変わらず手に持った漫画を読んでいる。特に気にすることもなく、私はその隣に座った。
無言で漫画を読み進める泉と、同じく黙ったままコーラを飲む私。炭酸でだんだんお腹が膨れてくると、ペットボトルに蓋をして床に置いた。と同時に、泉も漫画を閉じる。


「・・・泉?」


隣から腕が回ってきたことには驚かなかった。泉はいつも唐突で曖昧だ。名前を呼んでも反応はない。首筋に触れる黒髪がくすぐったくて距離を置こうとしても、無言のまま引き寄せられる。私もだが、まったく泉も勝手だと思う。


「泉、暑い」
「んー」
「汗かくからマジで」


ぐいぐいと頭を押し返しても、向こうも意地になって対抗してくる。本気で溶けそうなくらいに暑いのに、なんなんだ一体。デレ期は冬に来て欲しいと切実に願う。
泉。泉ー。いーずーみー。
何度読んでも返事は曖昧なもの。終いには眠たそうに「ん〜」なんて言いながら体重をかけてきた。
嫌ではない。嫌ではない、が。


「ほんとマジ離れて!暑いわ!」


いい加減に血管が切れそうになる。優しめな言い回しから最終的に怒鳴ると、やっと泉もはっきりした返事を返した。
ただ、その内容は「嫌だ」の一言だったのだが。嫌がらせとも取れなくもない返答にイラッと来る。だいたいどうして私は暑くて泉は平気なのかが知りたい。
まるで離れる様子のない泉。これ以上怒鳴っても暴れても体力の浪費にしかならないと、とうとう抵抗を諦めてしまった。


「ねえ、ほんと溶けるってこれ」
「オレも」
「はあ?」
「いいじゃん」


ぎゅう、と腕の力が強まった。一体何が「いいじゃん」なのやら。暑いのにくっつくなんて、とうとう頭がイカれたのか。
今こんな状態で、本格的に真夏になったらどうすればいいんだ、私は。どうやら泉には考えを改めるという発想すら存在しない模様。
とりあえず、暑さ凌ぎなんて絶対にできないだろうけれど、倦怠期凌ぎには十分なりそうだ。それだけは、まあ良しとしよう。ふう、と息を吐いて強張っていた肩をゆっくり下げた。


「緊張すっから暑くなんだよ」


耳元で、泉の声。
このやろう、最初から気付いていたならそう言えばいいものを。私があんたより暑くて堪らない原因は、気温と、あんたのせいだって。
「バッカじゃん」。呟いて視線を横に流す。ソファの横に置いたコーラが、いつの間にやら汗を流して床に水滴を敷いていた。





私の中ではもう真夏日



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