5万打

□この名はきみに呼ばれるために
1ページ/1ページ



今まで当たり前のようにしてきたことが出来なくなってしまった瞬間、そこにあった『私』が一つ消えるのだ。
そしてそれは成長の課程にはどうしても必要なことで、けれど時折、消してはいけないものまで消して、忘れ去ってしまう。
そうたとえば、恋の仕方、とか。


「いずずー」
「ざけんな」


ぼかっ。頭を殴られる。
いつものことだからもう慣れてしまって、気のない笑いを漏らすと彼は一層眉を顰めた。
怒んないでよいずみんー、と、また彼の怒る原因を投下して、私はすぐに友達のところへ行った。
彼の口が何かを言おうとしていたけれど、気付かないようにした。何を言おうとしたかは何となく想像できる。
いつからか、私は彼をふざけたあだ名でばかり呼ぶようになった。
中学で出会って、偶然にも3年間同じクラスで。あんなに仲が良かったのに。
いつからか私は彼を意識するようになって、気恥ずかしさからふざけて勝手に付けたニックネームで呼んだ時以来、もう泉とは呼べなくなってしまった。
呼ぶ度に嫌そうな顔をする泉を見ると、いつも身体の真ん中が苦しくなってちょっとの安心感がすごく気持ち悪い。
このままでいれば泉との関係は崩れない。ずっと友達でいられる。
だけどわたしが本当に求めているのは、そんなことじゃない。
それでもやっぱりわたしは弱虫で、この安心感に浸っていないと不安で怖くて、泉のそばにいられなくなってしまう。
いいんだ、このままで。終わりはキレイなままでいたいから。
私の声が彼をからかう度に酷く胸が痛んで泣きたくなるけれど、それが一番安全で幸せなんだとわかっていた。
このままそれが日常になってしまえばいい。名前を呼べずに苦しむことなんて、早くなくなってしまえ。


「よ」
「んあー?あ、いずみんだ」
「いずみん言うな。何してんだよ?」
「日直ー、だるいー」


机に座って黙々と日誌を書いていると、ガラリと開いたドアの音と共に飛び込んできた彼の声。
ドキッと身体が強張ったのを隠してまたあだ名で呼べば、泉はほとほと呆れ返ったようにため息を吐いた。
あとは一日の反省点を書くだけとなった日誌を泉に見せると、おー頑張れーと軽い返事。絶対そんなこと思っていない、からかっているんだ。
ガガッ。すぐ近くで音が聞こえて目を向けると、私の前の席のイスを引いて遠慮もなしに腰掛ける泉。


「・・・なに?」
「かわいそーなヤツがいるから、見てやろうと」
「悪趣味。・・・部活、」
「ミーティング。もう終わった」


言い終わると泉はこちらの机にまで乗り出して、私の手元をじっと見つめる。
正直そんなに見られるとやりにくいんだけど、とは言えずに私も早く帰りたいがために再びシャーペンを走らせる。
しばらく無言のまま時間が過ぎて、窓から射し込む夕日の光が日誌の白いページを薄い朱に染める。
いつも冗談ばかり言い合っている私達、この静かな時間が居心地を悪くする。


「・・・うし、終わった!じゃあね、いずずー」
「待って」


早く終わらせようと思って、日誌が書き上がった途端に机の横のバックを手に取って席を立った。
そのままさよならを言って別れるつもりだったのに、それは泉の言葉と掴まれた手首で見事に阻止された。
なあ、と口を開く泉の顔が見れない。


「なんでおまえ、オレの名前呼ばねーの」
「、なん、となく」
「あほ、嘘つけ。目ぇ合わせらんねぇくらいオレのこと嫌いになったわけ?」


ぐっ、と下ろしたままで両手首を掴まれて、せっかく書き上げた日誌がバサリと床に落ちた。
違う、そうじゃない。
本当は恥ずかしいんだって。怖いんだって、言いたいのに。
名前を呼んだら気持ちがバレてしまう気がした。だって泉の名前だけは、私の中で唯一特別なんだ。
嫌いなんかじゃないのに、口に出せない。やっぱり私は臆病で。
じわりじわり、溢れてくる涙が零れそうになる。


「・・・ごめん、悪かった」
「え、」
「本当は知ってた、全部」
「ぜん、ぶ・・・?」


何が全部なんだろう。こくりと頷いた泉をぼうっと見ながら思ったけれど、混乱が解けていくに連れてだんだんその意味がわかってきて。
全部・・・?さっきとは違う意味で尋ねると、今度ははっきりと口に出された、「うん」と。
途端に恥ずかしさや涙が込み上げてきて、バレたくなかったのにバレちゃいけなかったのに。
逃げ出そうとすると泉に手をぎゅうと握られて本当に泣きそうだ。


「いず」
「好き」


小さく呟いた声は確かに泉のもので。見れば耳まで赤くした彼がらしくない顔で立っていたものだから私は泣きながら笑い出してしまった。










この名はきみに呼ばれるために
(おまえと同じようにオレだっておまえの名前だけは特別なんだよ)


―――


やっぱり好きすぎる。
文字数足りなかった!;;



.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ