5万打
□きみが好き。
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今年の春、私は高校生になった。
エスカレーター式の三星学園。男子棟と女子棟に別れていてもそれに違いはなくて、中等部からの生徒はほとんどそのまま高等部に上がる。
実際叶やルリもそうだったんだから、当然レンだって一緒だと思っていた。
なのに、入学式の日、彼の姿はどこにもなかった。
『レンのばーか!』
ケータイの画面に映し出されたたった一行の文字。
メール送信画面に記された日付は4月10日。入学式の日のままだ。
私に黙って埼玉に引っ越してしまった彼。悲しいやら不安やらで作成したメールは一ヵ月経った今でも未だ送れずにケータイに保存されていた。
なんで私に言わずに行っちゃったの?私が嫌になったの?ねえ、まだ野球続けてるの?
不安も疑問も山程あったけれど、結局その一つも聞けずにいる私。
きっとこの短い文を送っただけでレンはガタガタ震え出すんだろうな。彼は単純で、人の気持ちにすごく敏感だから。
ぱたん、ケータイを閉じてため息をひとつ。
ぼふんとベッドに沈み込むと、最近じゃめっきりご無沙汰だった掃除のせいで目に見えないくらいの埃が舞い上がった。
レンのばか、へたれ、いくじなし。
だけどそれはきっと私もそうなのだろう。
メールして、その返事が来るのが怖い。だからと言って何もないのも嫌だ。
本当に、弱虫。
レンと叶の部活を手伝うのが楽しみだった。
女子が入るなと怒りながらも笑ってくれた顧問の先生。
高校では叶が投手をやっていて、私の知らない人も入って新しいチームとして活動している。
私が知ってるのは叶とか、畠とか、宮川とかくらい。
レンがいつかこの部活を本当に楽しめるようになれたらいいと、いつも思っていたのに。
このまま戻ることなんてできないのだろう。
ピンポーン。不意に、玄関のチャイムが鳴った。
・・・ルリかな。今日部活休みだって言ってたし、多分ルリだよね。
玄関の鍵は開いていたから入ってもらおうと窓から顔を出して。
自分の目を、疑った。
玄関先に立っていたのはルリじゃなかった。
茶色いふわふわの頭、左右を気にしてきょろきょろ動き回る視線。どこのかも知らない、ユニフォーム。
「れ、ん・・・」
無意識だった。ベッドから飛び起きて部屋を走り出た。
転びそうになりながら2段飛ばしで階段を降りた。
れん、れん、廉が、いる。
廉がそこにいる。それだけで涙が出てきそうで。
部屋から玄関までがすごく長くて、やっぱりこんなに会いたかった。
あんな弱虫なのに、それなのに、大切で大好きなたった一人の人になっていた。
「っ、レン!」
勢い良く扉を開けて、レンは驚いていたけど加減なんかできなくて目の前のユニフォームが泥だらけだなんて気にせず彼に飛び込んだ。
本当はずっと寂しかった。みんなが思ってるより、自分が思ってるより。
レン、レン・・・何度も名前を呼んで、彼も吃りながらちゃんと私の名前を呼んでくれる。
「何で勝手に引っ越したのっ」
「う、ぁ・・・ご、めん」
「今、どこにいるの」
「に、しうらっ」
にしうら。レンの学校の名前なんだろうか。
見慣れない白いユニフォームと赤字の学校名。
ああ、まだ野球やってるんだ。良かった。
黙り込んでしまった私の代わりに、レンが息を呑みながら口を開いた。
「オレっ、三星、と・・・試合、したんだっ」
「三星・・・叶、」
「うんっ、で・・・勝っ、た!」
「ん、」
「オレっ、勝った。みんなで、ヒイキじゃ、ないっ・・・イチバンっ!」
「ん、・・・良かった」
レンが笑ってる。顔に出てなくてもわかる。
レンは野球を楽しんでる。
今のチームが、レンにとって大好きなチームなんだ。
それだけが今までの文句や不満も全部吹っ飛んだ。
「レン、夏大、応援しに行っていい?」
「うえ、あ・・・う、うんっ」
驚いた。ずっと試合に来るのを嫌がっていたレンが、頷いた。それが素直に嬉しくて。ああ、レンは今が楽しいんだ。
ぎゅうと強く抱き付くとレンは慌てて変に吃って、こんなところは前と変わってない。
私の知ってるレンがいることにほんの少しの安心感。
「あ、のっ・・・オレっ」
「なに?」
「オ、レっ・・・す、」
「わ、ま、待った!」
「うお、」
絞り出すようなレンの声を遮って、彼の肩に手を置いた。
驚いて吃るレンに、笑いが零れると同時に溜め込んでいた涙が一筋、頬を伝った。
きみが好き。
(ねえ、いっせーので言おうよ)
(う、んっ)
(せーのっ!)
―――
廉ちゃん難しいけど楽しい´∀`
アレです、三星との練習試合^^
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