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□精一杯の愛情でした
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恋なんてするものじゃないな。久し振りにそう思った。
そう、思ったのは初めてではなかった。いつも恋をする度に後悔して泣いて、それなのに懲りもせずまた誰かを好きになる。
友達には特別な感情を抱かない方が楽に決まっている。
後で悲しくなる恋なんてしたくない。片思いなんて、大嫌い。
好きです。
聞いてしまった。私じゃない私より可愛い子が、私の想い人に告白しているところを。
最低。あんなやつ探して第2グラウンドにまで来るから、告白にぴったりな人気のないこんなところで聞きたくない告白なんか見ちゃうんじゃないか。
早く戻らなきゃいけないのに、足が動かない。阿部が、女の子を通り越してこっちを見ているから。
女の子は背中しか見えていない。俯いているせいで阿部がこちらを向いているなんて気付きもしない。
駄目だ。傷付いた顔なんてしたら、絶対に。
ごめん!両手のひらを顔の前で合わせて、軽く笑って謝る。
笑って・・・笑えていたのだろうか。
女の子が気付く前に元来た道に踵を返した。阿部がどんな反応をしたかなんて見たくなかった。
引き止める素振りもなかったら、本当に泣いてしまいそうだったから。
だから嫌だったんだ、恋なんて。
好きになったばかりの頃は全てがあったかくて嬉しくて、なのに今はこんなに辛い。
一緒にいるのも話すのも苦しい。
想いなんて叶わなくていいから、もう二度と恋できなくなってしまいたい。
「なあ、おい!」
「っ!」
後ろから声がした。
ぼうっとしながら歩いていたから、あいつが何度も名前を呼んでいたことに気付かなかった。
もう一度呼ばれて、足を止めた。それでも、振り向いて阿部の顔を見ることができない。
軽く弾んだ呼吸が繰り返される。走ってきたのか。
グラウンドから校舎までの道のり。人はいない。
「あの子は」
「は?」
「さっきの子」
「・・・置いてきたけど」
置いてきた。ということは、ふったのか。それも何のフォローもなしに、私のところなんかに来て。
頭がガンガンする。阿部に怒るなんてお門違いもいいところだというのはわかっているのに、油断すればすぐにでも怒鳴ってしまいそうだ。
「・・・最悪」
「何がだよ」
「そんなだから、阿部は冷たいだとか近寄り難いなんて言われるんじゃん」
「関係ねーよ」
関係ない。その一言がぐさりと胸の真ん中に突き刺さって。
なんで、こんなことで傷付かなきゃいけないんだ。
阿部の言う関係ないが、おまえなんかどうでもいいと言っているように思えてしまって。本当はそんなことないのに、苦しくて仕方なくなる。
ぽたり、不意に目から涙が零れた。
気付かないで、お願い。関係ないなんて言われてすぐにバレてしまうなんて嫌だ。
音もなく落ちる涙は止めどなく溢れ出て私の顔と地面を濡らす。
もう嫌だ。恋なんて、大嫌いだ。
「・・・おまえがそう思ってねーなら、他のヤツは関係ない」
「え・・・」
「おまえがオレを知ってれば、それでいんだよ」
だから勝手に泣いてんじゃねーよ。
言われて初めて、私が泣いていることを知っていた阿部に気付いた。
なんで、なんでそんなこと言うの。もう辛いのも悲しいのも嫌なのに、阿部の一言一言が私をどんどん深みに嵌めていく。
恋なんて嫌。なのに私はこんなにも阿部が好きで。
涙を拭わないまま振り向けば、いつもと何ら変わらない様子の阿部がいて、ぐっと眉間にしわを寄せる。
「何言ってるかわかってんのかよ」
「・・・わ、かんないよ」
そう言えば何故か阿部は苦笑して、一歩こちらに寄ってきた。
ゆっくり触れた手はあったかくて、ああやっぱりこの人が好きなんだと深く自覚させられる。ねえ、好きなの。さっき言ってたこと、どういう意味なの?
「一回しか言わねーぞ」
ぎゅう、私の手が阿部の大きくて堅い手のひらに包み込まれた。
一生に一度、この恋だけは後悔しないと思った。
精一杯の愛情でした
(もう二度と恋できなくていいから、彼だけを一生好きでいさせて)
―――
阿部すごく難しいです・・・。
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