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□この先もずっときみのそばで
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勇人、ゆうと。柔らかい声で呼ばれて足を止める。聞き慣れた声にふわっと顔に熱が昇った。本当に、殆ど毎日聞いているのにこんなことで大丈夫なのだろうか。
振り向けば少し遠くの方から駆け足でこちらに寄ってくる彼女。くせのついた髪がふわふわと揺れる。そばまで寄ってきた彼女はその声と同様の落ち着いた暖かい笑顔で隣に並んだ。なんていうんだろう、こういうの。癒し系、といったところだろうか。


「勇人、今日ミーティングだったの?」
「おー、今帰るとこ」
「じゃ、一緒してい?」
「いーよ」


返事をすればにっこりと心底嬉しそうに笑う彼女を見て、反射的に顔が赤くなりそうになるのを抑えた。駐輪場までの暇な時間が、彼女がいるだけでずいぶん楽しく思える。
いつもなら早く帰って、昼寝する週に一度のミーティングの日。けれど彼女と一緒にいるというこの状況の中で、そんなことは跡形もなく消え去ってしまった。
中学のころから乗っている薄い水色の自転車のロックに鍵をさす彼女。チリン、その鍵に付いた小さな鈴が鳴る。
それを見て思わず固まってしまった。そんなオレに、「勇人?」と不思議そうに呼び掛けてきた彼女は、すぐにその理由に気付いて声を上げた。


「あ、これ?修学旅行のときに勇人と交換したやつ」


まだ回していなかった鍵を引き抜いて、顔の横まで持ち上げて笑う。動かす度に揺れてチリン、チリンと音を出す鈴にはピンクのリボンが巻かれていて、女の子らしい感じがする。そういえば、こいつが欲しい色とかわからなくて何となく女子っぽいものを買って渡したような気がする。
「勇人は?」聞かれて、慌ててズボンのポケットに手を突っ込んだ。すぐに出てきた自転車の鍵。彼女のと同じような鈴がやはり小さく揺れた。色違いの水色のリボンがついている。


「確か、お互い同じの買っちゃって交換したんだよね」
「そーそー、あれ面白かったよなー」
「以心伝心だ、って騒いでたりね」
「それはおまえだけだろ?」
「あれ、そだっけ」


中学の頃の思い出話も久し振りだった。あはは、と笑う彼女はもう一度鍵をロックにさして今度こそ回した。オレも同じように、自転車のロックを外す。
懐かしい、といっても実際はまだ一年ほどしか経っていなくて、卒業してからまだそんなに経っていないのだと自覚する。
高校に入ってからはクラスが離れて、野球部は早朝からの練習もあってなかなか話す機会がなかった。
思えば、彼女とこうして長い間話すのも一週間振りくらいだ。あいさつ程度は交わすものの、こんな風に笑って中学の話をするなんてなかった。
何となく、彼女が遠い存在に思えた。
本当は、幼馴染みという関係から距離を置きたかったのかもしれない。
お互いに笑って、気兼ねなくなんでも話せて、それだけで楽しいと思える時期は、もうずいぶん前に過ぎていた。


「ゆうと」
「ん?」
「あのさ、私、好きな人いるんだ」


心臓が、止まるかと思った。
思わず飛び出そうになった声を喉の奥に押し込める。
中学の頃はそんな話全然聞かなかった。ということは、高校に入ってから。
誰、とは聞けなかった。わざわざ自分を傷付けるような質問もする気にはならない。


「で、告白しようかなって」


一人で話を進めてしまう彼女。
告白、つまり、アドバイスがほしいとか応援してほしいとか、そういうことなのだろう。
けれどそんなことをする気にはなれない。
応援なんて、そんな嘘つけない。だってオレはずっとおまえが、好きで。
嫌だ。思ったら、自然に彼女の腕を掴んでいた。びっくりして顔を上げた瞳と視線が合う。
瞬間、頭が真っ白になった。
赤く染まった頬、緊張したような目がオレに向けられる。思わず腕を掴んだ手が緩んだ。


「ゆうと、私、は」
「っ、」


見たこともない表情。どくん、心臓が高鳴った。
心のどこかで、その言葉の続きを期待していたんだ。


「勇人が、すき」










この先もずっときみのそばで
(この曖昧な関係に不安を抱いていたのはオレだけじゃなかった)
(あの頃望んだ関係で、あの頃と同じように笑っていよう)



―――



ぐっち可愛すぎます。大好きです^^



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