5万打

□きみとぼくのある日のはなし
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「ねーね」


つん、と肩をつっつかれ、聞き慣れた声の方を向けばニコニコとした水谷君が片手に菓子袋を握り締めて立っていた。
お昼休み中、もうすぐ予鈴が鳴るころに、水谷君は阿部君、花井君を背景に笑っている。
なに?と聞き返すと、にまーっと口元が歪められ、その手に持った菓子袋が目の前に出された。


「・・・ポッキーゲーム、やろ?」
「はい?」
「ポッキーゲーム」


そういう水谷君は、なんで?と聞きたくなるくらいに満面笑顔で。そんな私を前に水谷君は割りと近くで話していた阿部君と花井君を指差した。


「オレらとおまえで、ジャンケン負けたやつがポッキーゲーム!」
「はあ!?」
「てめっ水谷!」


ヘラヘラと当たり前のように彼は話すけれど、この様子だと話し合って決めたというわけではないらしい。そりゃそうだ、もし3人で口裏を合わせていたりしたら、恐怖以外の何ものでもない。
後ろの二人は乗り気ではないらしいけれど、水谷君はやる気満々。これでやらなかったらがっかりされるだろうか。私は水谷君の、沈んだ時の表情が大の苦手だ。
それに、彼にこうまでも意識されていないというのも悔しい。


「・・・いーよ?」
「マジで!やったね!」


喜んだと思ったら、すぐさまポッキーの袋を破る水谷君。どうやらあとの二人は強制的に決定らしい。
開いた袋を片手に、水谷君はもう片方の手を顔の位置まで上げる。


「おい!」
「ざっけんなクソレ!」


隣まで来た花井君、阿部君はジャンケンを止めようとするけれど、掲げた腕からは水谷君のやる気がひしひしと伝わってくる。
二人が文句を言う横で、水谷君は気にせずといった感じで口を開いた。
じゃーんけーん、ほいっ!叫んだ瞬間、私も、阿部君も花井君も反射的に手を出してしまう。
四人の間には四つの手。力を示すように握られた拳が二つと、それを食べて飲み込むように出された大きな手のひらが二つ。
あ、と声を漏らしたのは私と水谷君で、二人で拳を軽く持ち上げて顔を向かい合わせた。
私と、水谷君がポッキーゲーム。


「あー、負けちゃったなー」
「っ!」


いつもの緩い笑顔を向けられて、ぼわっと熱が顔に上る。
だって、だって、ポッキーゲーム。私と、水谷君が。
ドキドキしながらも、私が当たる確率の方が低いのだからと余裕な顔をしていた、二分前の私を呪いたい。
見ると、既にあとの二人は安心したように自席に戻っていた。ひ、ひどい!
じゃーやるよー。破かれた袋から一本のポッキーが取り出される。多分、普通の味のやつ。
ま、待って!そう放とうとした言葉は口に突っ込まれたポッキーのせいで喉の奥に引っ込んだ。代わりに甘いチョコの味が広がる。
見るからにやる気満々な水谷君。約束してしまったのは私なのだから、どうやったって断ることはできない。
ただのポッキーゲームだ。実際にキスをするわけではないのだから、大丈夫、大丈夫。
ぱくっ、と水谷君がポッキーの逆側を咥えたのを確認して、私は目を瞑った。目、閉じてれば恥ずかしくない、きっとすぐに終わる。
ぽり、ぽりっ、と少しずつ水谷君がポッキーをかじっていく。恥ずかしくて死にそう、いっそ今だけ死んでしまいたいとも思う。
音が近くなるに連れてどんどん恥ずかしくなっていって、ぎゅうと硬く目尻に力を込める。
するとピタ、とかじる音が止んで、一瞬水谷君も動かなくなる。あれ、と思って終わったのかと目を開こうとした刹那、ふにっと唇に触れた熱。
ばっ!と目を開くと、水谷君はもう顔を離していた。ぽりっ、私の口に残った欠片が無意識に砕かれる。
頭がぐるぐるする。それでも、確かに感じた、彼のあたたかさ。
一人で固まっていると、水谷君は言いにくそうに口を開く。


「あー・・・ごめん」
「うぇっ、あ、あの」
「あの、さ!」


回らない頭を無理矢理働かそうとしていると、私の手首を彼の手が掴んだ。大きな手のひらの暖かい熱と感触に、とくりと胸の真ん中が小さく跳ねる。


「オレ、おまえのこと好き、だから!」


私以上に顔を真っ赤にさせて、水谷君は半ばヤケになったように放った。
私は被害者のはずなのに、どうしてか心が暖かくて、水谷君の言葉が胸の深く底の方まで響いて脳までも痺れさせる。
わ、たしも。掠れて言葉にすらならなかったけれど、彼には確かに伝わったようで。
まだ心臓が落ち着かない私に追い討ちをかけるかのように、彼の太陽みたいな笑顔が向けられた。










きみとぼくのある日のはなし
(ところで、もし阿部君か花井君と当たってたらどうしたの?)
(ぜってーさせない!ていうか花井達はしないって知ってるもんね!)


―――
やっちまいました水谷君(笑)
ポッキーの日に何もできなかったので代わりに^^



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