5万打

□まるで幾多の星屑のような
1ページ/1ページ



「はーなーい、って・・・」


今日の練習が終わって時刻は7時30分。季節が秋から冬に移り変わって、それに伴って練習の時間も短くなった。それでも、西浦の運動部でも野球部の練習はかなりハードな部類に入るだろう。
そんな青春真っ直中みたいな時期の私達。野球部のマネージャーである私は、監督から伝えられた連絡をキャプテンの花井へと伝達しに来たのだ。今日は花井が鍵閉め係だから、まだ部室にいるはずだったのだが。
ガチャリと冷たいドアノブを回して部室に入ると、そこには確かに人影が。それは確かに探していた花井だったのだけれど、いつもと違った珍しい姿。
壁に寄り掛かって目を閉じている彼は、入口から見ただけでも確かに寝ているように見えた。


「花井ー?」


そっと部室の中に入る。空調があるわけでもないのに部屋の中というだけで外よりずっと暖かく感じる。背中の向こう側で扉の閉まる音がした。
そろりそろりと近付いても花井は動く気配すらない。床に座り込んで寝てしまっている花井の目の前にしゃがむ。
ぴったりと閉じられた瞼を見つめていると、柄にもなく妙に恥ずかしくなってつい目を逸してしまう。


「花井、起きてー」
「・・・」
「・・・あずさちゃーん」


ぽんぽん、と肩を叩いて見ても花井は起きない。呼ばれるのが嫌いな名前を言ってみても、反応なし。
ゆっくりと寝息を立てる彼は、もう完璧に熟睡中。
授業中もいつも真面目な彼にしてはあまりにも珍しくて、起きないことに逆に感心してしまう。
最近また整えたばかりの坊主頭をぺちぺちと叩いてみる。こうしていると何だかいたずらをしているみたいだ。
ここまでして起きないとなると、私の想像以上に彼は消耗していたのだろう。当然と言えば当然だ。一年生で野球部の主将。あの扱いにくい田島や三橋の面倒も見ているのだから。軽く二児の母親状態だ。
本当ならもっと寝かせていてあげたいのだけれど、このまま帰るわけにもいかない。こんなところにいつまでもいたら風邪をひいてしまうし、監督に頼まれた用事をまだ済ませていない。
それなのに、考えと矛盾して私はそれ以上の行動に出ようとはしない。ただすぐそこにいる姿を見つめるだけ。
本当は、心の中では願っているのだ。もっと一緒にいたい。話さなくても気付かれなくてもいいから、こうしていたい。


「・・・すき、なんだよなあ」


言葉にしたのは初めてだった。自分でも漠然とした気持ち。形にできるものではないから、だからこそ口に出すのが難しい。
多分、何となく、いつの間にか好きになっていた。だから自分の感情が特別だと思ったことはない。だってそれは私の周りで恋愛話する友達と大差ない想いなのだから。
普通に好きになって、普通に過ごしていく。別に彼がいなければ生活できないとまで言うような中毒者ではない。
届いてほしいとは思わなかった。ただ、言葉にして空気に乗せてどこかに溶けてしまえば良いとは思った。後戻りができないほどの感情が生まれる前に。


「・・・ほら花井、起き、・・・」


再度名前を呼んで、言葉を失った。俯いた顔を上げれば、目の前にはしっかりと瞼を持ち上げた花井が。ぽかんと何とも情けない顔をしていて、必死に言葉を選んでいるようにも見えた。
私も彼も黙ったまま。滑稽な光景が少なくとも10秒は続いたと思う。
やっと口を開いた花井は、まだどこか混乱しているようで。


「えっと・・・今のマジ?」
「・・・うん」


別に隠す気はない。バレてしまうのは少し怖かったけれど、だからといってこの場をごまかしたり逃げたりするくらい動揺してはいない。
きっと驚いているのは、私より彼。
肯定の返事に花井は手を首の後ろに回した。困ったような照れたようなよくわからない顔をしている。
あのさ。花井は喋り出す。フラれるのかなあ、と一人冷静に続きを待った。フラれるのを怖いとは思わなかった。


「オレも、好きなんだけど」
「え?」
「だから、付き、合わね?」


だんだんと落ち着いてきたのか、頬の赤みが引いていく。そんな彼から発せられたのは、予想とはまるで真逆の、返事。
こちらを伺うようにゆっくり伝えられる言葉に、嬉しいはずなのに戸惑う。フラれると思ってたから、というのともう一つ。


「いいの?私、花井のことそこまで好きじゃないかもよ」
「・・・いーけど。その分オレが好きだから」


普段の彼なら絶対に口にしないようなセリフを簡単に言って退ける姿に言葉が出ない。
それでも花井がこちらに片手を伸ばすから、つい信じてみたくなってその大きな手にそっと触れた。





まるで幾多の星屑のような
(そんな在り来たりで自然な恋でも、この先はきっと私達ふたりで作り上げていくものだから)


―――


花井夢を書くと必ずお母さんっぽいセリフまたは表現が入るミラクル



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ