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□静かに訪れたハッピーエンド
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もう一度1年生を始めて、早いものでもうすぐ一年。次にようやく2年生になることができるけれど、一つ気にかかることがあった。
答えを求めることはきっと馬鹿で愚かな行為なのだろうけれど、気持ちに逆らえないオレはやっぱりただの馬鹿だ。
自分が2年になれば以前の同級生達は受験生という辛い期間に入るのはわかっていたことで、きっとこれから丸々一年は梅原や梶山にもほっとかれるのだろう。一年の差は思っていたよりもずっと大きい。そして、あいつとの距離も。


「なにしてんの?」
「!・・・浜田」


最近じゃなかなか来なくなった2年の教室。ダメもとに近い気持ちで訪れてみれば、予想に反してそいつは放課後の教室に一人佇んでいた。手にあったケータイの水色のフィルムは見慣れていたものと違って、どうやら会わない間に機種変したらしいということに気付いた。
ケータイの裏をじっと見ていた彼女に近付いて、不思議そうにこちらを見る目を避けてその手首ごとケータイを引き寄せた。


「あ、」
「・・・彼氏って、これ?」


水色のフィルムに被せて張られていたプリクラ。付き合って3ヶ月!!とピンクの文字で書かれた写真の中にいた彼女は隣の男と楽しそうに笑っていた。
尋ねられれば素直すぎるくらいあっさりと頷いて、だけどその姿に持ち前の明るさはなかった。
初めて見る、しかも写真の中の男に、チリッとした醜い気持ちがほんの少し顔を出した。


「別れたってマジ?」
「うん、マジ。圭介に聞いたんでしょ」


びっくりするくらいに落ち着いた様子の彼女は、やっぱりどこかおかしかった。
それでも確信したような言葉には一つも間違いはなくて、オレは頷いた。彼女と梅原は幼馴染みだから、彼女の情報は自然に耳に入ってくるのだ。もちろん、知りたくないことも。
彼女に恋人ができたと知ってから、オレは彼女のクラスに寄り付かなくなった。彼氏がいるのに気がひける、というのも間違いではなかったけれど、何より顔を合わせるのが怖かった。もし会いにいって、彼女の隣にいる別の男を見てしまったら。
わがままなんだ。諦めたいのに最後に傷付く瞬間から逃げたがっていた。見込みのないまま純粋に恋を続ける自信なんてどこにもなかった。
そうやって彼女に背を向けて半年、今日の昼に梅原が血相を変えてくるまでオレは彼女との関わりを一切絶ってきた。
顔を見るのも久し振りだった。このまま静かにこの恋は終わると思っていたのに、僅かな望みが生まれた瞬間にここに来るオレはやっぱりズルイ。


「んで?しばらく見ないと思ったら何?からかいにでも来たんならお断りだかんね。これでも結構傷付いてんの」


相変わらず薄っぺらい笑みを浮かべる彼女は不自然で仕方なかった。
ゆっくりだけれどまくし立てるように言われて、ああやっぱりキツいんだ、とそのプリクラの中の話したこともない男を無性に殴り飛ばしたくなった。


「からかうわけねーじゃん。そしたらおまえ泣くだろ?」
「じゃあ何」
「好きって言いにきた」


彼女が初めて表情を変えた。
今までずらしていた視線がしっかりとオレに向いて、まっすぐで澄んだ漆黒に自分の姿を見た。
その間は終止無音だった。掴んだままの彼女の手が冷たくなった気がした。それは彼女のせいなのか、オレの体温が熱くなったからなのかはわからない。
くしゃり、と顔を歪ませた彼女は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。


「・・・ズルイ」
「ん、」
「浜田はいつもズルイ」
「うん」
「ズルイ、よ」
「でも、好き」


確信犯、卑怯、思い付く言葉は腐るほどあった。けれどそれに抗うつもりなんてもうない。
綺麗に着飾った言葉を吐き出して腕を引けば、もう力の残っていない彼女はいとも簡単にオレの腕に収まって。抵抗できないとわかりながらオレは彼女を力いっぱい抱き締めた。





静かに訪れたハッピーエンド
(言葉の裏できみが泣いていることくらい知っていたけれど、狡いオレはそれに気付かないふりをして偽りにそっと口付けた)



―――



え、バッドエンドじゃね?←



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