5万打

□シュガーソルト
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私がケータイを手放せなくなって、もう四か月は経っただろうか。授業中だろうと昼休みだろうと、机の中のケータイの緑のランプが光ると私の意識はすぐそこに持っていかれるのだ。そんなしょっちゅうというほどの頻度でもないけれど、ランプの色も着信音も特別な、メールの相手。


「おまえいっつもメールしてるよなー」
「わ、田島」
「相手だれ?」
「んー、高瀬だよ。とーせーの」


話し掛けられても相変わらずケータイを弄ったままの私。田島に悪いとは思うけれど、今私の最優先事項は間違いなくメールの相手の彼なのだ。
今日は珍しくメールが続いているのだ。ちょうど返信をして一旦ケータイを閉じたところで、田島はマジ!?と声を上げた。


「すっげー!高瀬と友達なんだ!」
「田島だって仲沢君とメールしてんじゃないの?」
「あーでも、オレら練習あるからメールとかあんましねーよ?」


ふーん、と田島の言葉に返事をするけれど、よく高瀬とメールしている私からしてみれば、野球部が忙しいというイメージはあまりない。
否、実際はどんな部活よりも一生懸命なのだろうけれど、いつもこちらからのメールを律義に返してくれている彼の文面からは、疲れなんて感じさせないくらい明るいのだ。
出会って間もない私達が仲良くなったのも、そんな彼に憧れたからなのだろう。


「田島ー、おまえ英語の宿題やった?」
「あ、やってない!」


パッと視線を二つ先の席にいる浜田君に向けた田島は、そのまま慌てたように両側の机の間を走っていってしまった。またな、もないのはいつものことだというのは、もうずっと前に承知済みだ。
そんな田島を気にすることもなく、私の視線は再び手元のケータイへ。チカッ、と点滅する緑の光。彼からだと頭で把握するよりも手が動いていた。けれどメールを見ようとする私の意識は、すぐにかかってきた電話によって遮れてしまった。


「え、」


いつもなら、なんてタイミングが悪いんだと機嫌を悪くするはずだった。なのに今日は違った。画面に映った名前が私の思考を止めたらしい。
高瀬、準太。大きく表示された文字はまるでその存在を主張するように消えはしなかった。
動くのを止めてしまった脳はやけにゆっくり動いていて、通話ボタンを押す親指は僅かに震えていたような気もした。
もしもし。たどたどしく言うと、電話越しに彼の声が鼓膜を揺らす。「あ、オレ、わかる?」
夏大以来、ずっと聞いていなかった声に、大袈裟だけれど全身の血が沸騰してしまうのではと思った。


「いきなりわりぃ。今へいき?」
「ん、大丈夫・・・」


良かった、と笑う彼の声は優しかった。
どうしたのだろう。メールは続いていたけれど、今まで私からも彼からも電話をするという発想は全くなかったのに。
彼も緊張しているのか、少し雰囲気が固い。もしくは、私の緊張が移ってしまったのか。そんな中、高瀬は口を開く。


「ほんとはさ、メールで言おうとしたんだけど」
「ん・・・?」
「でも、なんかそれじゃ情けないしな」
「え、な、何が?」
「〜っ!だ、から!」


なんだか私よりも高瀬の方が緊張しているみたいだった。中途半端に切られた言葉が放たれるまで、数秒の間隔があったような気がする。


「好きだ、よ」


小さくくぐもった言葉が私の耳から脳に伝わるまで、一体何秒かかったのだろう。
「・・・返事、メールでよろしく」それだけ言って、向こうの電話は切れた。ツー、ツー、という受話器から耳を離すことができなかったのは、そこまで考えが至らなかったのと、きっともう一度聞きたいと思ってしまったから。
おぼつかない動作で何とかメールボックスまでたどり着いて、新着メールを開けるのも一苦労だった。もし勘違いだったら、冗談だったら。
けれどその内容は私の悪い想像を覆す、一行。


『帰り迎えに行っていい?』


どきん、何気ない一言が、馬鹿みたいに私をドキドキさせた。つまりは、そういうこと。
手が震えるのも考えられなくなるのも、嫌だからなんかじゃない。だってそうなら、こんなに顔が熱くて考えられなくなることの説明のしようがない。
まだ震える指を動かして、彼と同じように一行、そして一言を添えて送信した。





シュガーソルト
(もちろん)
(私も好きだよ!)



―――


メル友な二人。
ヒロインと準太がどこで知り合ったのかは不明←



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