5万打

□時に馳せる
1ページ/1ページ



たった二年。されど二年。私の今のところの人生において、必ず関わってくるのがその『二年』という年月。730日、17520時間、1051200分、63072000秒。短いような、長いようなよくわからないその時間は、私とあの人が離れていた時間。
じゃあもし、その63072000秒が埋められるとしたら、私はそうするだろうか。否、おそらくしないだろう。離れていた時間を消してしまったら、もしかしたらあの人に出会いもできなかったかもしれない。これだから人生なんてものは信用できない。もちろん、世界の全てを知らない私に人の人生を正確に語ることなどできはしないのだが。
ただ、そう言って自分を慰めるしか気の晴らし方を知らないのも、確かな子供である証拠でもある。


「和兄!」


呼べば振り向く。幸せ、それが、幸せ。
私なんかよりずっと身体が大きくて、昔から私の世話をしてくれる幼馴染み。幼馴染み、と言うよりもお兄ちゃんという立場になりがちだった彼を、私は物心ついた時から和兄と呼んでいた。
彼は、私達が幼稚園から高校まで一緒だということをただの偶然だと思っている。けれど違う。
本当は、私が和兄と離れたくなくて、同じ小学校に入学して私立の中学を受験して、そうして今に至る。
けれど同じ学校というのも案外頼りないもので、中学からは二つも離れた歳のせいで一年しか一緒にいられないのだ。それなのにこの学校に入学した私も相当なしつこさだと思うが。
最近になって、和兄は以前にも増して勉強に時間を費やすようになった。もうすぐ大学の入試なのだ。
少し前までは、広いグラウンドを走り回って太陽に照らされてキラキラ光る白球だけを追っていたその背中は、今となっては毎年どこかで見掛ける『受験生』そのものだった。
その変化に伴って、彼はなかなか私と会おうとはしなくなった。忙しくてメールも電話も出ない状態。それでも廊下ですれ違う時はちゃんと話してくれるだけ良いのだろうか。


「入試、来週でしょ。頑張って」
「サンキュ。受験終わったら、また遊んでやっからな」
「・・・」


ぽん、と頭に手を置かれて、言葉が喉の奥に引っ込んだ。それは触れられて嬉しいとか、自分を気にしてくれることに感動したとか、そんなかわいらしい理由じゃない。結局私は、高校生になっても妹のままなのか。私が違っていても、彼がそうでは何の意味も成さないことなど明白だった。
相手をしてくれることに素直に喜ぶことができない私は、随分と卑屈に育ったものだ。そんな私が発したのは、きっと無意識のうちに飛び出した本音だったのだろう。


「いい」
「え?」
「遊んでくんなくて、いい」


そう言えば和兄は素直に驚いた顔をして、私の言葉が予想外だったことを決定付けた。
本当は今までずっと我慢していたんだ。誰より近くにいたはずなのに月日が、時間が私の邪魔をする。私が中学に入ると彼は高校受験の時期になって、そして今は高校1年生と受験生。彼はいつも私の知らないところで走って輝いて、それを見れないのが一番嫌だった。
ここ最近は野球の「や」の字も言わなくなった彼は、大学に入ってからも野球を続けるのだろうか。けれど、彼がどうするかという前に、今度こそ別れが来るかもしれない。また彼と同じ学校を受けて、今までみたいに合格できるとは限らないのだ。
そうすればまた、彼との距離は遠のいていく。
一言で言えば不安。けれど本当は、そんな言葉では言い表せないくらいに、こわい。


「なんだよ、どうした?」
「和兄は、またどっか入っちゃうじゃん」


だから、いい。自分でもわかるほど声のトーンは低く、呟くように吐き出すと彼と目も合わさず廊下を戻ろうとした。けれど、踵を返した私の腕は、すかさず彼に掴まれて逃走は始まる以前にあっけなく終わってしまった。
和兄ならこのまま行かせてくれると思っていたのに。もう言葉なしじゃあ意思の疎通もできないくらい、私達の溝は深まっているらしい。ちょっと、待った。懸命に言う彼の言葉は、どちらかというと自分を落ち着かせているようだ。


「あのさ、」
「な、に?」
「間違ってたら情けねえんだけど。オレ、おまえと一緒かもしれない」
「え・・・」


同じ。その一言の示す意味を、私は理解できなかった。
私と彼は、同じであるはずがないのに。なのに、掴まれた腕にはやけに力が込められていて、その表現はいつも以上に真剣で。
開いてしまった時間は消えない。人は時の流れにだけは逆らえない生き物だから。
けれど、もし、時間の罅を埋めることができたら。63072000秒を超える想いが、あったなら。





時に馳せる
(時間も距離も関係なくなるから、そうして私達は指先で想いを辿る)


―――


かーいさん無理…orz



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ