5万打

□相愛
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しんごー。練習が終わって着替え部室から出ると、少し離れたところに見える自分の彼女、と呼ばれる名前。
少しドキリとした。彼女がオレの帰りを待っている時は、必ず何か言いたいことがあるから。その8割方が文句や不満だというのは、既に体験済みだった。
オレがそちらに行くよりも早く、彼女はすたすたとこちらに歩み寄ってくる。目の前に立ってじっと目を合わせられると、その目が何かを訴えているようで正直焦る。


「しんご、一緒に帰ろ」
「おー・・・」


無表情に近いしかめっ面で、彼女は一言発す。これは、絶対何か良くないことを突き付けられる気がする。自分に心当たりがあるのが決め手だ。
珍しく自転車を引いて歩いて帰る道。もうだいぶ時間帯も遅いのに、夏前だからかあまり暗くは感じない。
隣で歩く彼女に歩幅を合わせるこの時間は結構好きなのだが、状況が状況なだけに無言の空間が痛い。
そろそろ居心地の悪さを感じ始めた頃になって、彼女はやっと口を開いた。


「しんご、昨日一緒にいたの誰?」
「ん、クラスの奴」
「可愛かったね、あの子」
「何、妬いた?」
「さーね」
「いいだろ、話すくらい。クラスメイトだし」
「そうだね、しんごはクラスメイトの女子と手繋ぐんだもんね」


ああ、やっぱりとは思ったけれど、そこまで見ていたか。
本当を言うと、こんなことが何回かあった。別の女子といたことじゃなく、彼女に静かに問詰められたことが。
その度にこんな空気になるけれど、どうしてか次の日になると彼女はいつも通りに戻っているのだ。まるでなかったことみたいにすっかりと消えている。
そのせいで調子に乗ってしまう、と言ったらさすがに嫌われるだろうか。けれど一度くらいは思い切り怒ってくれた方が、反省の度合いも変わってくるかもしれない。・・・やっぱり言い訳かもしれないな。


「まー、別にいいけど。しんごの自由だもんね。じゃ、また明日」
「あのさー」
「んー?」


曲がり角になって、随分とあっさりしたあいさつだった彼女を引き止めた。何の抵抗もなく振り返るそいつは、ヤキモチを妬いて怒るとか、もしくは泣くなんていう素振りはまったく見せない。俗に言う浮気性のオレが言うのもどうかと思うが、おまえ本当にオレのことが好きなのかと聞きたくなる。
ただ、それを言ったら終わりな気がして、喉の奥へグッと押し込めた。


「おまえ、嫌じゃねーの?こういうの」
「・・・嫌だから今言ったんですけど」
「けど怒ってねーじゃん」
「怒る気にもならないって、相手しんごだし」


オレじゃなかったら怒るのかと言いたくなった。けれど言わない。なんたってオレは彼女の沸点を知らないのだから。よっぽどのことがないと怒らないというのは今までの自分の行いで証明された訳なのだが、どこでスイッチが入るのかは分からないのだ。
彼女の言葉に何も返せず黙っているオレを見兼ねてか、彼女はもう一度言葉を吐き出した。


「怒らないのは、しんごがいつも違う子といるから」
「は?・・・普通逆じゃねーの」
「だって他の子は見る度に違うのに私とはいつも一緒じゃん」
「・・・彼女ならそーいうモンだろ?」
「だから、私が一番ならいいんだよ」


相変わらず微笑みも怒りもない。電灯に照らされた無表情が吐いた言葉はオレの予想を遥かに越えるもの。
言うことを言って満足したのか、彼女はまたねと言って今度こそオレに背を向けた。
気のせいかは知らないが、いつもより軽く見える足取りで帰っていく彼女の後ろ姿を呆然と見つめていたオレは、相当寂しい様だったと思う。
とりあえず、明日辺り久々に家まで送ってやろうかと漠然と思った。





相愛
(つまりはそういうこと)
(お互いに好きじゃなきゃ続く訳がないんだよ)


―――


しんごじゃなーい!
え、どこが告白?無言の告白だよ!態度で示すの態度で!←



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