2周年フリリク

□これはまるで、
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レフトの人、水谷君、水谷、ふみき。この一年は、その順番でオレの呼び名は昇格していった。誰とでも変わらずに仲のいい彼女には名前呼びの友達なんてたくさんいるのだけれど、自分がその一人になった時は密かに浮かれていたのを覚えている。
けれどあろうことか、今の彼女からの呼び方は滅法、クソレである。どうやら阿部が教室でそう呼んだのを気に入ってしまったらしい。久々に阿部を恨んだ。
そして更に発覚したこと。彼女がオレに対してこれっぽっちも特別な感情を抱いていないこと。これはさすがにへこんだ。


「クっソっレー!」
「またクソレって言った…」
「クソレおはよー」


にこにこにこにこ。いらいらいらいら。
今までこんなに歯がゆい思いをしたことがあっただろうか。たかが呼び名くらいと言ってしまえばそれまでだが、苛立っていることにこれっぽっちも気付かない彼女もどうかと思う。一緒にいられて、話せて楽しいはずなのにつまらない。前はもっと楽しかったのにあ、と思い返すのは数ヶ月の自分達。


「なあー、もうクソレって呼ぶのやめね?」
「なんでー」
「だってクソレって悪口じゃん!」
「フライ落としたんでしょ?」
「一回だけ!だいたい野球部の試合見たことないだろ!」


そう、彼女は人のことをクソレクソレと呼ぶ割に、自分で試合を見に来たことはない。
フライを落としたのは最初の試合だけ。何度も同じことするほど下手くそではない。
だから彼女の言うクソレというのも、かなり失礼なのだ。ただ、そんなに言うなら見に来い、なんて言う勇気のない辺りは去年のへっぴり腰のままらしい。
だから遠回しに言ってみたのだ。けれどやっぱり彼女は分かっていないようで、「んー・・・」なんて言葉を濁しながら何やら悩んでいた。
やっぱり無理なのかなあ、と肩を落しかけたところで、彼女が口を開いた。


「じゃあ、次の試合見に行くよ」
「え?」
「そんでかっこよかったら、もうクソレって言わない!」
「え、え?」


ええ?
思考回路急停止、回復不能。だって彼女はこの十秒足らずで、オレにとってものすごく重要なことを二つも言ってのけたのだ。
彼女が試合を見に来て、しかもオレのプレーを見て、それでかっこよかったら再び名前呼び。嫌でも期待する。そして緊張も。
わ、分かった!なんて意気込んで返したものの、内心はとても落ち着いてはいられない。彼女が自分の席に着いた頃には顔やら手のひらやらが熱くて熱くて仕方なかった。
まだ春だというのに、シャツの中まで入り込んできた汗と熱を逃がそうと襟を摘んでパタパタと空気を送る。
ぼうっとする脳みそを持て余しながら、クソレは脱出してもヘタレはしばらく健在なんだろうなあ、とぼんやり思った。





これはまるで、
(良い事が起こる前触れ、なんて)
(実際にそれが起きたのは二週間後で、オレがヘタレなばっかりに事が遅くなったのを知ったのもその時だった)


―――


ふみきは可愛いです^^
私もついクソレと呼んでしまいそうだ(笑)



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