五線譜に想いを乗せて

□第1楽章 〜a piacere〜
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「う〜っ、寒い〜」

芸能専門学校“早乙女学園”の試験日はあいにくの雪模様…南国育ちの比呂子には少々堪える寒さだった…

「…でも、今日はやるっきゃないもんね…よ〜し、チェストーッ!!」

自分に気合いを入れ、試験会場に歩き出した…と、クラクションが辺りに響き、黒塗りの高級車が比呂子のそばにスゥッと止まった…後部座席の窓が開き、若い男が顔を出したのだ…

「やぁ、レディ…久しぶりだね…」
「…えっ!?…あなた、誰!?」
「嫌だなぁ、忘れたのかい!?俺だよ、神宮寺レン…」
「神宮寺…レン!?ホントにレン!?」

神宮寺財閥の三男であるレン…比呂子の家と交流があるのは当たり前だが、比呂子自体レンと顔を合わせるのは久しぶりだった…

「何年振りかな!?会うこと自体久しぶりだしね…」
「あ…うん…///」
「こんな所で立ち話も何だし、乗りなよ…送ってく…」
「えっ!?でも…」
「…君も、早乙女学園を受験するんだろ!?」
「君もって…まさかレンも!?」
「そういう事…ついでだし、早く乗りなよ…」
「…あ…じゃあ…お言葉に甘えて…」
「…どうぞ…」

運転手が後部座席のドアを開け比呂子は渋々だが乗り込んだ…車がゆっくりと発進したが、車内は静寂に包まれた…

「…何で黙り込むんだい!?」
「だ、だって…レンと会うの、ホントに久しぶりだし…何を話したらいいか…」
「そうだね…元気してた!?」
「まぁ…それなりにね…」
「…ふぅん…」

比呂子の素っ気ない返事に黙り込むレン…品定めするかのように、比呂子をジッと見つめ続けた…

(…昔は色黒で活発そうだったのに…こんなに変わるなんてな…見違えたというか、綺麗になった…)

そのレンの視線を痛いほど感じている比呂子は、恥ずかしさのためか俯いたまま黙っている…

(…な、何でそんなジロジロ見るのよ…視線が痛い…恥ずかしくて顔上げられないよぉ…)

昔から綺麗な顔立ちのレンだったが、ここまでイケメンになっていたとは…比呂子の顔が段々と赤くなっていく…

「…どうした!?顔、赤くなってる…」
「あっ、いやっ、何でもないからっ…///」
「…暖房が効き過ぎてるかな!?先に見えるコンビニに寄って、何か冷たい飲み物買ってきて貰おう…頼んでいいか!?」
「はい、畏まりました…」
「あっ、お構いなくっ!!大丈夫ですから…」

比呂子は咄嗟に断ったが、車はコンビニ前の道路に横付けし停車した…運転手は降りると即座にコンビニに駆け込んでいった…

「…ゴメン…気を遣わせて…」
「気にしない…ん!?」
「えっ、何!?」

レンが窓を開け、車の後部をジッと見つめる…比呂子が視線を向けると、泣きじゃくる子どもを一生懸命あやす女の子が居た…

「…何だろ!?迷子かな!?」
「そうみたいだね…」

15、6歳ぐらいだろう…ピンクの髪の女の子は、しきりに子どもを慰めていた…その様子に、比呂子は思わず笑みを零す…

「…優しい子だね…ああいう娘、アタシ好きだな…」
「…気が和むな…あ…」
「子どものお母さん…かな!?良かった…」

しばらくして、母親らしい女性が2人に近付くと、子どもはその女性に抱き付いた…そして傘を無くしたらしい子どもに自分の傘を渡して、女の子はその親子と別れたのだった…

「…人がいいのは良いんだけど…風邪引かないかな!?あの娘…」
「…ちょっと此処で待っててくれるかい!?」

いきなりそう言って、レンは車を降りるとその親子に近付いた…そして少し会話を交わして、何処かへ行ってしまったのだ…

(…何する気だろ!?レンってば…)

しばらくしてレンが戻ってきた…手には先ほどのピンクの髪の娘が持っていた傘が握られている…

「…その傘…」
「受験が終わってからでもあの娘を探して返してあげようと思ってね…」
「…ふぅん…そっか…」
「…何か言いたげだね…」
「何でもない…」

そう答えて、比呂子はクスリと微笑んだ…

 

その後、2人は早乙女学園に到着する…受付時間に間に合ったようで、車が入ったのを確認した門番が、時間とばかり門を閉めようとした…その時、1人の女の子が駆け込んでこようとして、門番に止められる…

「お願いです!!どうしても、受験したいんです!!」
「ダメだ!!規定の時間を過ぎての受付は、一切認められない!!」
「お願いします!!アタシ…アタシ…どうしても受けたいんです!!」

その騒ぎに、比呂子が後ろを振り返ると…門番と言い合っているのは、先ほどのピンクの髪の女の子だった…

「…レン…後ろ…」
「…あれは…さっきの子羊ちゃんか…」
「あの娘も、ここの受験生だったんだ…」
「そうみたいだね…」
「ちょっと遅れただけなのに…あの対応は酷いよ…」
「………」

その間にも、女の子は門番に必死に食い下がる…その表情は真剣なもの…比呂子は心を痛めながらその動向を見守っていた…

「この早乙女学園で、音楽の勉強がしたいんです!!」
「しつこいぞ、君!!」
「あっ!!…つぅ…」

門番に押され、更に雪に足を取られた女の子は尻餅をついてしまう…バツが悪いと思ったのか門番も一瞬表情が変わったが、すぐに元の態度に戻った…

「諦めて帰りたまえ」
「あっ…待って…待って下さい!!」

門が締まりそうになった…その時、1人の男の子が女の子に近付き、手を差し伸べた…

「…えっ!?」
「大丈夫!?風邪引いちゃ大変だからね…」
「何だ!?君は…」

その男の子は、女の子を立たせながら門番に答える…

「受験生だけど!?…ねぇ、こんなに頼んでるんだから、受けさせてあげてよ…」

男の子は門番に、こう嘆願した…女の子は驚きのあまり目を見開いて立ち尽くし、門番は呆気に取られている…

「遅れたっていっても、試験までまだ30分もあるんだからさ…」
「ダメだ!!遅刻は遅刻…時間を守れない時点で、この早乙女学園の生徒に相応しくない!」
「あの門番…頭堅過ぎよっ!アタシ、文句言ってくる!!」
「待った!!」

あまりもの不甲斐なさに比呂子は勢いで車を降りようとしたのだが、レンに止められてしまう…
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