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□雫の先に
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──コンコン


「どうなさいましたか。」

最近、坊っちゃんが執事室にくる回数が増えている。


「眠れないのですか?」

「っ…あぁ。」



昼間にみせる態度とは違う、珍しいその表情。

過去の恐怖に怯える、私にだけ見せてくれる表情。



…坊っちゃんには悪いですが、私にとってはうれしいです。







「今はまだ11時ですし…紅茶でもおいれいたしましょうか?」

「……………ッ…」



私が聞いても、止まらぬ涙を隠すかのように俯いたまま。



「坊っちゃん?」

涙で濡れた頬を右手でそっとぬぐってみた。


「ぅ……ッ…」


小さな手が私の手の上に重なって頬に弱く押さえつけられた。



なんて暖かい…。



空いている左手で、顔をかくしている前髪をそっと掬うと、濡れた瞳で見上げられた。


「…セバス…チャン…?」


坊っちゃんの頬で重ねられたままの手から、寂しさと戸惑いが伝わってくる。


あぁ…そんな目で見つめないでください。



ぐっと自分の気持ちを閉じ込めるために、そっと髪を撫でてさしあげた。



髪が目にかかりぎゅっと瞑って。




次の瞬間、坊っちゃんは息を細くゆっくりと吐いた。
口角もふんわりとあがってくる。



「もう大丈夫、ですか?」

「うん…」



坊っちゃんは右手をきゅっと握りなおして。
涙の残る大きな瞳と…手を握っている恥ずかしさで染まる頬で…視線をあわせてにっこりと笑う。



「ねぇ、セバスチャン。」

「はい。なんでしょうか?」

「あのさ…」




俯いて、恥じらいながら一歩こちらに近づいてきた。


「嫌だったら、いってくれ……」



──むぎゅ。


空いていた細くて白い右腕を腰にまわされ、引き寄せるように抱きついてきた。

そして、頬をぴったりとくっつけられた。



「ぼっ坊っちゃん?」

「やっぱり…嫌…か……?」



パジャマ姿でそんな甘い声を出さないでください…。

坊っちゃんなら…嫌…なわけ、ありませんよ?





「どうゆう…おつもりで?」

黒い笑みをうかべてにっこりと聞いてみた。


「え?」



はっとしたように目を見られた。





「坊っちゃんは、嫌ではないのですか?」


「嫌だったら…自分からこんなこと…しない。」



はっと息を呑んだ。

嫌味か罵声が飛んでくると思っていたのに、やけに可愛いらしい言葉が返ってくる。




「坊っちゃん?何かありましたか?」

「……。」


「黙っていては、わかりませんよ?」

「バカに…しないか?」


ちらりとこちらを覗き込んだ瞳は、涙の名残も消えている。



「おっしゃって下さい。言葉にしないとわかりません。」


「夢がいつもと…違かったんだ……」


「それは…、坊っちゃんにって良いことではないのですか?」


…訳がわからない。
過去でもなく…人肌が恋しくなるような夢、だったのでしょうか。



「どんな夢だったのですか?」



「おまえが…グレルと……キスしてた…。」


寂しげな表情はどこか色っぽくて本当の年齢には似付かわしい。



「嫉妬…ですか?」


「口へのキスは好きな者同士しかしないだろう?だから…悲しくなっただけだ。」

「ふ、そうでしたか。ならば…」



妖しい微笑みの悪魔は可愛らしくもろい人間の顎をくいっとあげる。



自然とぶつかり合い、逃げることの出来ない視線に坊っちゃんの頬はいやでも赤く染まる。




「私とあなたが…キスすることは許すのですか?」

「キスするのはッ…好きな者同士、なんだぞ?」



不安と緊張が入り交じっていて。



「でしたら…」









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