長編

□第3話
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曇のない午後。
高杉は屋上で寝転び、空を見上げる。
ムカつく程に綺麗な青空だった。
しかし、そんな青空は嫌いではない。
高杉は今日も授業をサボり屋上にいたのだ。最初は保健室にいたが苦手な担任に邪魔され場所を変えた。それが此処であった。
今は授業があるのか、はたまた、やらなくてはいけない事があるのか、まだ来てはいない。まぁ、いずれ此処に来るかもしれない。と頭の中で呟く。




そういえば…
あの人は青空が好きだったな。
俺もあの人と見るのが好きだった。




ふわりっと心地よい微風が髪を撫ぜる。
高杉は瞼を閉じ、ある人物を思い浮かべる。




あの時、あの人はこんな事言ってたな。




「風が心地良いと眠たくなるな」




高杉が瞼の裏で思い浮かべる人物が言った事に近い事を言われ、高杉は瞼を開けた。開ければ、広がる青空に出迎われる。
来たか。と心の中で舌打ちをし、
ムクッと起き上がり振り向く。すると、そこには3Zの担任である坂田銀八が立っていた。




「…何堂々と俺の縄張りに入ってやがる」

「いつお前のモンになったんだよ。何様ですかコノヤロー」

「…………俺様」

「はい、そうですか。…っておいィイィィ!!」




うっせぇ奴…。










 第3話










「なんで俺に構うんだよ、坂田先生?」




薄い笑みを浮かべ、若干首を傾げて高杉は言う。銀八は、いちごミルクが入ったパックにストローを刺し、一口飲む。
いちごミルクの甘い匂いが鼻につく。




「そりゃ、生徒だし?俺、教師だし?当たり前の事だろ」

「ふーん。……なぁ、坂田センセ」

「…なんだーい?」




高杉は立ち上がり、フェンスまで歩み寄り、カシャリッとフェンスに指を絡めた。心地よい風が二人を包み込む。
銀八は黙って高杉を見ていると高杉がこちらに振り向いた。その表情はニヒルな笑みをしていた。




「…愛、ってなんだ?」

「は?ぇ…なに!?いきなり世界規模の話!?」

「クク…何処が世界規模なんだよ?それとも、先生は経験がねぇわけ?」

「言ってくれるね、不良少年。これでも先生は……人並みの事はやってきたつもり?…だよね?」

「俺が聞いたのに聞き返されても知らねぇよ」




あれ?俺…してきたよね?あれ!?っと自分に言い聞かす銀八に高杉は半目で呆れたように見つめた。聞く相手間違えたか?っと。
頭を抱えて一人で暗くなってる銀八は、高杉を見て口を開いた。




「あのさ、ソレ聞いてどうすんの?」

「別に。先生の経験なんて興味ないし…」

「人に聞いといてなんだとコノヤロー!先生傷付いたよ?!惨めな思いしたじゃねぇかバカヤロー!」




高杉はそんな銀八を鼻で笑い、空を仰いだ。
先程と比べて雲が増えたな。っと思う。




「そもそも、愛なんて無駄じゃねぇか」

「どうしてそう思う?」

「そんなの…俺の親が良い例だ」




それを聞き、フと銀八は思い出した。
高杉の両親が共働きということを。




「だから、グレてやった」

「なんで?」

「あの二人の顔に泥塗ってやりたくてよ…。子供が手ぇ付けられなくなったら必ず助けがいる。その時に、あいつ等に後悔させてやりてぇんだよ」

「寂しいのか?」

「なわけねぇだろ」

「なら必要ないだろ…そんなの」

「ある」

「ねぇよ」




真っ直ぐで、真剣な表情で見つめてくる銀八に高杉は喉を鳴らした。何をそこまで真剣になっているのか分からなかったからだ。
高杉は背中をフェンスにあて身を預ける。銀八が可笑しくてたまらなかった。高杉は色んな教師を見てきた。どの教師も高杉とは向き合おうともせず避けてきた。
だが、銀八は違う。高杉が避けようが何処へ行こうが構わず関わってくるのだ。それが可笑しくて仕方がない。




「あるさ…。あいつ等には償って欲しいことが山ほどあんだよ」

「可愛い顔してえげつない事言うのね」




銀八の発言に高杉は目を丸くさせた。豆鉄砲を食った鳩のようだ。しかし、すぐに薄い笑みを浮かべて笑った。
可笑しな奴は、やっぱり脳までイカれてんのかよ。と頭の中でぼやく。




「目でも腐ってんじゃねぇの?片目のねぇ奴のどこが、」

「そうかねぇー?教師にとったら生徒は皆可愛いもんだよ」

「馬鹿じゃねぇの。それに…俺は回りの奴等とは違う。自ら目ぇ斬りつけて失明させたんだし」

「はあ!?なんでそんな事!」

「俺には半分の世界で十分だ。俺の親がどれ程、偉かろーが関係ねぇ。高杉っつー名を汚したかったんだよ」




奥歯を噛み締め、鋭く光を宿らせた瞳で銀八を見つめた。その目を見て銀八は、眉を潜めた。その顔の裏には何を抱えているのだろうか、と思ったのだった。
余裕な笑みを向けていた高杉だったが、でも。と呟いた。未だ笑っていたが、その笑みはまるで自分を自嘲しているようだった。




「大誤算だった。あいつ等は目の事に一斉触れてこなかった。思ってた以上の仕事馬鹿だって思わされた」

「……」

「おまけにコレのせいで元々印象悪いってのにもっと悪くなっちまって喧嘩売られる数が増えた羽目だ」




ホント大誤算だよ。っと呟いて、高杉はもう一度空を仰いだ。
銀八は高杉に何か声を掛けようとしたが、後ろから錆び付いたドアが開く音がし、晋助様。っと透き通るような声がした。振り向くとそこには黒いスーツを身に包んだ男性が立っていた。
その男性を見た高杉は舌打ちをし、門で待ってろっつってんのに。と不機嫌な声で呟いたのだった。彼は銀八に気付くと一礼をした。それに慌てて銀八もした。




「という訳で、もう終わる頃だから帰る。さよーなら、センセ」




ニコッと笑い高杉は銀八の横を通り抜け、男性の横を通り抜けて行ってしまった。屋上に残されたのは銀八と銀八より一・二歳若そうな男性だけ。
どうすれば良い?このまま立ち去るべき?それとも向こうが出るまで待つべき?という思いを銀八は巡らせていた。一人そわそわする中、男性が口をあけた。




「こんばんは。高杉財閥の護衛第一責任者、一馬と言います。以後、よろしくお願いします」

「ぇ、あ…。……三年生Z組の担任、坂田銀八です」




…護衛?
それまた、なんで?




「…どうです?下駄箱まで話しませんか?」

「……そうですね」




そう言うと二人は屋上から出たのだった。
廊下を歩いているとSHRを終えたのか生徒がちょこまかといる。荷物を持って帰ろうとしている生徒。今から部活へ向かおうとする生徒たちがいた。
その生徒が銀八と一馬とすれ違う度、挨拶をしてくる。銀八はそれに応えるように片手をあげ、帰る生徒には、気を付けてな。と言い、部活の生徒には、頑張れよ。と言う。
銀八は黙って歩くのに耐えれなくなり、話題を振ろうと口を開いたが、一馬が先に言葉を振った。




「坂田先生は晋助様の担任でしたね」

「ぇ、……あぁ」




晋助、様だとよ…。




「今、晋助様を授業に出そうと色んな行動しているようですが…晋助様自身が足を運ぶまで放っていてくれませんか」

「…は?なんでです?」

「晋助様は我々、護衛者が守っている。無駄な事をして晋助様が危険な目に遭われたら困る」

「…おいおい。そりゃ、俺だけじゃなく俺のクラスの奴等が高杉の命を狙ってる奴がいるとでも?…聞き捨てにならねぇな」




下駄箱に着いて一馬から出た言葉に銀八は立ち止まり、一馬に振り返る。
自分のことなら言われても構わないが、銀八が担当するクラスの生徒たちを危険人物と見なされたようで…いや、見なした一馬が気にくわなかったのだ。
真剣な顔付きで睨んでくる銀八に一馬はフッと笑った。




「そんな顔しないで下さい。護衛者は守る人がいるのなら、回りの者を疑うのが当たり前なんです。…それに、晋助様を狙った者が現れた時に貴方たちが守れるのですか?」

「……」

「本当なら一日中、晋助様のお近くに居たいのですが、晋助様が嫌がっておられるから、学校の外で警備しているんですよ。それに、彼は人と馴れ合うのを苦手としていらっしゃる」

「……」




瞼を閉じて言う一馬に、銀八は黙って聞く。
そんな事なら銀八は既に知っている。窓から何回か黒いスーツを身に包んだ者を何人か見た。何の集団か眉を潜め、校長に学校の回りに変な者がいると言った事がある。しかし、気にする事はない。と軽く振り払われてしまったが、一馬の話で理解した。
その者たちが高杉を守る護衛者であること。そして既に校長側に伝えておいたのだということを。それに、高杉が人と馴れ合うのを苦手としているのは見ていて分かる。
二人の間に重たい空気が流れる中、後ろから罵声みたいな声が聞こえた。振り返ると腕を組み不機嫌丸出しの高杉が立っていた。




「遅ぇよ。てめぇがいねぇと車開かねぇだろうが」

「ああ、すみません。只今……それでは、先生。くれぐれも気を付けて下さいね」

「……」




一礼をして高杉の元へ駆け寄る一馬の後ろ姿を睨むように見つめる。たくっと言って一馬が追い付く前に高杉は歩き出す。銀八は、フと物陰から何かいるのを見つける。冷めた目で一馬を見、その物陰に潜むものを見る。
銀八の頭に一馬の言葉が過ったのだった。




―…晋助様を狙った者が現れた時に貴方たちが守れるのですか?




「そういえば一馬。坂田先生と何話してたんだよ」

「晋助様が気にする事は―…晋助、早くこっちへ!!」

「え?―……ぅ!」




一馬に言われた言葉に首を傾げていると、後ろから口を手で覆われ、首元にナイフを突き付けられる。それに高杉は驚きはしたがすぐ冷静さを取り戻し、よそを見つめている。
恐怖もなにも感じていないのだ。
高杉を捕まえている男は、一馬、そして校外にいた他の護衛者もやって来たのだが、動くな!と脅迫している。




「大人しくてめぇの車をよこせ!」

「晋助様を放すんだ!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐとコイツの首を……うぎゃ!」




バコッという音がした。
一馬の横を何かが通りそのまま目の前の男の顔面に当たったのだ。あまりの痛さに男は顔を手で覆った。高杉は解放され、他の護衛者に保護され、一馬は油断した男を背負い投げし、押さえ込む。
先程、男が立っていた場所を見れば、汚れたらスリッパが一つちょこんっとあった。あれは。っと思えば、スタスタと片足は靴下、もう片足はスリッパの者がそのスリッパまで歩き、スリッパを履く。




「大丈夫か?高杉?」

「……へぇ。意外な人物に助けられたもんだ」

「気を付けて帰れよ。んで明日は教室にくるように」




そう言うと銀八は学校へと戻る為、踵を返す。
他の護衛者に男を任せた一馬とすれ違う際に銀八は立ち止まり、一馬に言った。




「教師だってな…生徒を守れんだよ。その気があればいつだってな」

「……」

「なめてもらっちゃ困るねぇ……護衛第一責任者様」




銀八はそのまま歩き出し、下駄箱へ消えていった。
一馬はその場に立ち尽くし、拳をつくりグッと握りしめた。高杉に呼ばれ我に返る。只今、行きます。と言い、高杉に近寄る。




「クク……」

「どうしたんです、晋助様?」

「かたっくるしい言葉はやめろっつってんだろ。…いや、まさか担任に助けられるとはな」




車に乗った高杉が笑った。いつものように注意される事に一馬は苦笑しながら、運転していた一馬は問うた。
高杉はいつもと変わらない道のりの景色を見てぽつりと語る。
一馬にはその表情が穏やかのように見えたのだった。




「ホント、何考えているか読めねぇや」

「……ホントだな」

「なんか言ったか?」

「いや…何も言ってない」




そうか。と呟くと高杉は、読みかけの小説を取りだし読み始めたのだった。一馬は、運転しながら先程の出来事を思い出していた。




坂田銀八、か……。
晋助が言う通り、読めない男だ…。




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