拍手

□1話「バカナツ!!」





カーテンから漏れる太陽の光の眩しさにグレイは目を覚ます。
時計を見れば、まだ7時。
昨日、クエストから疲れて帰ってきたグレイにとってはまだ寝ておきたい時刻。という訳で、もぞもぞと身を動かしながら、かけ布団に潜り込むがグレイは人の温もりを感じた。
此処はグレイの家であり、隣に人など眠ってるはずがない。いや、それより昨日クエストから戻って来たのだから、まずないはずだ。そう思いながらもグレイはもう一度瞼を開け、瞬きを繰り返す。
何度も目を擦っては今、目の前にいるのを見つめ、絶叫…。




「ああああ゙ぁぁぁぁぁ!!!?」













1話「バカナツ!!」










ギルド・妖精の尻尾は今日も賑やか。
そんな中、一人だけ不機嫌丸出しの少年がいた。ナツである。眉間に皺を寄せムスっとしている。大人しくいる事が性に合わないナツはとにかく暇なのだ。恋人とはいえ、喧嘩相手のグレイがギルドに未だ来ていないのだから。
苛つき半分、心配半分な思いを巡らしながら、頬杖をつく。右手の人差し指を机にコツコツと音を立てていた。それを離れた場所の椅子に座って見ていたルーシィとエルザは顔を見合せて笑った。




「ナツの奴、グレイが居ないからと拗ねているな」

「うん。分かりやすいなぁ、ナツは」




そんな会話をしていると、ナツが急に立ち上がった。
どうしたのか。と周りにいた仲間とエルザとルーシィもナツを見る。一瞬、静かになったギルド。ミラジェーンが、どうしたの?と問うと、ナツは小さな子どものように目を輝かせたのだ。




「グレイが来た」




鼻の良いナツはグレイの匂いを感じとったのだ。
それを聞いて呆れる仲間たち。数秒するとさっき同様、賑やかになギルドに戻る。ナツは、今か今か。と待っている。
どんどんグレイの匂いが強くなってくる度に、嬉しさが込み上がる。




早くグレイに触れたい。
昨日クエストから帰ったという情報だけミラに聞いた。
二日間、会ってないだけなのに、すっげぇ長く感じた。




しかし、どうしたことか。
扉の向こうから怒鳴り声や暴れているのかドタバタと音がするのだ。再びギルドは静まり返り、皆扉を見つめる。その時だ。勢いよく扉が開かれた。




「待ちやがれ、てめぇ!!」

「待たねぇよーだ!」

「っのやろぉ。ぁ、ナツ!!そいつ捕まえろ!!」




扉からやってきたのは、グレイなのだが様子が違う。
それもそのはずだ。グレイが二人いるのだから。いつものグレイとちっさいグレイ。
ちっさなグレイには猫耳があり、尻尾まである。ギルドの中で追いかけっこが始まる中、誰もが状況を掴めず固まってしまっていた。
案外すばしっこいちっさなグレイは、ナツの所まで駆け寄るとナツに向かって飛び込んでいった。それにナツは我に返り、ちっさなグレイを抱き抱える。
ちっさなグレイはナツを見ると、ニパァッと笑った。その可愛らしい笑顔にナツは胸を打たれる。ナツとグレイは去年付き合い始めた。ナツにとってグレイは大切で可愛い存在。
そんな彼が昔ぐらいに小さくなり、おまけに猫化ときたら胸を打たれても仕方ないだろう。




「ナツ、そいつを渡せ」

「ダメだぞ、ナツ!」

「てめぇは黙ってろ!いいから渡せ、ナツ!!」

「ナツ、やだ!」




グレイは渡すようナツを促すのだが、ちっさなグレイはそれを、嫌だ。と訴えるようにナツにしがみつき、頭を左右に振っている。
ナツは困ったっという表情を出し、グレイを見ては、ちっさなグレイを見るのを繰り返す。




「ちょっと待て、グレイ。理由を話せ」

「エルザ…。俺も詳しくは知らねぇんだよ。だけど、多分…昨日のクエストのせいだと思う」




グレイの説明によると、昨日のクエストは闇ギルドと盗賊が怪しいやり取りをしているようだから、それを潰すというものだった。人数も少なく一人で成し遂げれたのだが、油断してしまい、地面に広がった魔法陣から出てきた光をまともに浴びてしまったのだ。
その時に痛みはなく、相手の失敗かと思い、意識のある魔導士をやっつけて帰ってきたという。そして今日、起きたらちっさなグレイがいたのだ。なぜ猫化しているのかは不明だが。




「そうだったのか」

「…ああ」




気まずい空気が漂い、ギルドを包み込む。
誰もが暗くなる中、明るい声が聞こえる。それは聞きなれた声で…。




「でもよぉ、こいつ可愛いぞ?」

「んなっ!?どこがだよ!!ちょこまかちょこまかと!」

「だってよ、大人しいぞ」

「ふざけんなよ、くそナツ!!」

「んだと!!少なくともてめぇよか可愛いげがあるぜ?!」

「…っのやろう」




グレイはギリッと奥歯を噛み締め、ナツを睨む。
ナツはというとちっさなグレイとじゃれている。
グレイの苛つきが募る一方であった。はぁっと分かるように大きな溜め息をつく。ギルドの仲間たちは、ハラハラしていた。
ナツとグレイが付き合っているという事は、皆が知っている。いつも喧嘩してるから放ってはいるのだが、今日は放っていてられないかもしれない。
二人に別れてしまったグレイ。そのちっさなグレイの肩をもってしまったナツ。いくらグレイでも、ナツと付き合っているには関わりないのだから嫉妬くらいはするだろう。




「…ミラちゃん」

「な、なに?」

「俺…今日帰るわ」

「え…でも、あの子……ちっさいグレイは?」




グレイは、低い声でミラジェーンを呼んだ。
その声に誰もがビクッとする。あのエルザでもなっているのだ。ルーシィなんて、ハッピーと抱き着いてガタガタと震えている
ミラジェーンが、帰ると言い張るグレイにちっさなグレイをどうするのか勇気を出して問えば、ピクリとグレイが反応した。背中からドス黒いオーラを醸し出している。
あわわわわ。とギルドの仲間たちが震え出す。
グレイはゆっくり振り向くと、ニコリと笑った。
その笑みが逆に怖い。




「ナツに任せればいいだろ。そんなの…」




俺なんかよりナツになついてるしよ。と付け加えて、歩き出す。ルーシィの横を通り過ぎると、ルーシィが泣きそうな程、怯えている。そんなに怖い顔をしているだろうか?と思いながらギルドをあとにした。
ナツが呼んだ気がしたが、聞こえなかった事にした。




にしても生意気な餓鬼だな。
誰に似たものか…………俺じゃねぇかよ!!!




グレイは頭を乱雑に掻いた。
頭に浮かぶのは、ナツの笑顔。
あの笑顔は自分に向けられるものだと思っていた。




いや…確かに俺に向けられているけどよ。
でも、実際は俺じゃなくて…もう一人の俺。




「………なんか惨めだ」




―…少なくともてめぇよか可愛いげがあるぜ?!




あれ…結構きたなぁ。
いや…可愛いとは思っちゃいねぇけどよ。
なんか…嫌だった?
つうか、なんだよアレ。
あいつ庇うような態度とりやがってっ。




ブツブツと愚痴を溢しながら、来た道を歩く。
もやもやする。イライラする。これを何に当たればいいのか、悩む。グレイにはナツに抱き着いたちっさなグレイ、それを喜んだナツ。そればかりが頭に流れる。
グレイは空を仰ぐ。ムカつくくらいに晴れている綺麗な空。グレイは、すぅっと酸素を肺一杯吸い込む。




「バカナツゥゥゥァァァァァァァァァアアア!!!!」




空に向かって叫んだ。
叫び終えたグレイは、はぁはぁっと肩で息をし、はぁっと溜め息をついた。もう一度、空を仰ぐと瞼を閉じた。




どうしたらいいんだよ…。
あいつが出てきて…なんか体がいつもと違う気がする。
気のせいか…。
あー、くそっ。




グレイは舌打ちを一つし、歩き出したのだった。




*next*
.

[表紙へ戻る]

ゲームブックを検索



©フォレストページ