◇SS部屋◇

□宵闇
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闇が東の空を浸食し始めて10数分。
夕日が鮮やかに残り火を残し姿を地平に隠した。
辺りは風が気まぐれに吹く程度で物音はない。

闇が空を完全に覆えば肌寒くなるが今はまだ耐えられる。
それに嗜む程度にと酒も今回は持ってきているので、しばらく寒さは心配はない。

宵闇は趣があって良い。そう思っている。

日の出ているうちは活気もあり生気がありそれはそれで愛でもするが、日が色を変え橙になり赤となり地平に消える。
そして闇の篝火となる月がやってくる。
そんなときは特等席で一人月を愛でる。

それが月の出る夜の日課となるものになっていた。

しかも今日は運が良い。
空に雲もなければ、地にしている隊首室の家主も現世の任務で帰ってきていない。


「口やかましい者がいないとこうも月が美しいと感じるなんてな、乱菊」

「あら、気づいてたんですか」


ふふ…。と笑う彼女は霊圧を隠すそぶりも見せずにそこにいた。


「ちびっ子はどうしたんだ」


振り返ることもせずにお猪口の中の酒をちびりと飲む。

瞬間、ふわりと漂うのは彼女の容姿に似合わない少しきつめの香り。


「乱菊、酒がこぼれる」


ひとつも気にしてない口調で言えば、肩をくすぐる息で彼女が笑ったことがわかる。

月の輝く空を一目だけ見て、ゆっくりとした手つきでまだ中身のあるお猪口を置き、静かにうなだれている頭を撫でる。

お互い無言の中どれほどの時間が流れたのだろうか。


「おまえはな、乱菊…」


一瞬ぴたりと動きを止めた手はまた慈しむように髪を撫ぜる。


「…なんですか」

「乱菊、もう交わされた道は戻りはしない。それはわかっているだろう」

「……」

無言の答えにフ…と笑みが漏れる。賢い子だ。

それを無理やり飲み込もうとしている自身をも知っている。
だから賢い子だと。


「時間はいずれ消化してくれるだろう。この思いを、自分の扱い知らぬところで。時間に感謝することもあるかもしれないな」


死神は死なない限り半永久的に生きる者、だからこそ出来ること。

「それは楽なことだ。しかし答えにはならない」


うやむやにしてお茶を濁すことと同じ事。
自身の答えではない、答えだと思い込むことしかできない哀れな末路。


「それも一つの道だ。」

掃いて捨てるほど見てきた存在。
意思を持たないことと同じ存在。



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