豊玉、戻らない日々を

□あれから10日後、豊玉編
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どや金平君、君の力でウチを全国ベスト4に導いてくれへんか――





豊玉の理事長はかなりのやり手だと聞いていた。
そんな理事長から直々にオファーを受けた時の気持ちを今でも覚えている。
そうして、何としてでも早く結果を残したいという気負いを抱いた事も。





金平が豊玉高校に足を踏み入れたのは久しぶりの事だった。

インターハイの試合中に監督が部員を殴打した。
これはちょっとしたニュースとなり、その一報は小さくではあるが全国紙の地方版にも掲載されたのだった。
下された十日間の謹慎処分が明け、理事長室に呼び出されたのが今日になる。
部活動もお盆休みにあたる為、自分が生徒達の目に触れる事はない。
理事長はわざわざこの日を選んで自分を呼び寄せたのかと勘繰りたくもなる。



教職員用の駐車場に車を停め、ジリジリと容赦なく照りつける陽射しの下に体を出す。
今日のこの場所を好んでいるのは、きっと向日葵ぐらいのものだろう。
金平は通用門横を通る時に見た、これでもかと言うほどに真っ直ぐ伸びたそれを思い起こした。

真夏の太陽は今の自分には酷だ。
暑さだけが理由ではない。自分の弱さが、白日の下にさらけ出されるような気がするからだ。



初めて此処にやって来た時は、自分がこんな気持ちで豊玉を去る事になるなんて思いもしなかった。
だがいくら嘆いても、部員達の守りたかったものを踏みにじったのは自分。
そしてそれに気づいてからも、彼らとの溝を埋められなかったのも自分なのだ。






「二年、か…」



金平は真っ青な空を仰ぎ見た。


一向に心を開かない部員達に媚びる事は直に止め、せめて上っ面だけでも監督らしく取り繕おうとした二年間だった。
鈍い痛みに、なけなしのプライドが悲鳴をあげ続けた日々だった。
きっと人生の中ではここでの経験など、ほんの一時の事に過ぎない。



だが、南や岸本達にとっては、長過ぎる二年だっただろう。
インターハイ初戦敗退という結果を抱え、彼らはやがて卒業していく。
誰よりも結果を求め続けたあの二人は、もう戻らない夏をどう受け止めているのだろう。




噴き出してきた汗と喚くような蝉時雨が、身体にまとわりついて気分が悪い。
理事長室までの先の見えない憂鬱な道のりは、そのまま自分の今日までの道のりだ。

そう思いながら金平はようやく辿り着いた部屋の前に立ち、ゆっくりとノックする。




「入ってくれ」


重苦しいドアの奥から理事長の声がした。


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