放課後のshort story


□ジェリーポットに満ちる月
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月の真下は明るい。
あのすぐ下に泳いでいけたなら揺らめく水の底まで見えるんじゃないかと思うほどに。




「きれいな月だね」




「だな」





「そういえばアンタが好きだった海賊の本、まだうちにあったよ。こないだ見つけたの」



「うっそ、まだあんのかよ。物持ち良すぎだろ」




ズズ、とスープをすすりながら藤真が言葉を続ける。



「でも貸して。久々に読みたくなってきた」





「うん、今度持ってく」





子供の頃私達が二人して大好きだった本。
それは一人の海賊がこの世界を手中に治めようと、何にも変えがたい伝説の宝物を探す話だ。
それを得られる時期は限られていて、ある決まった夜にだけ宝物への道すじが示されるという。
暗号を解いて仲間と共に海を渡り、ようやく地図が差し示す場所に辿り着く。けれど彼が新たに手に入れたものはなかった。




彼が手にしたのは、いや既に手にしていたと気づいたのは、人生という長い旅路を共にできる仲間だった。そんな結末。



今なら型にハマりまくった道徳の教科書みたいな話だと思うけど、あの当時の私達はとにかく大ダコやマッコウクジラと戦う冒険にわくわくしてしょうがなかった。
藤真なんかファミレスでお子さまランチを食べる度に、デザートのゼリーを手に載せて主人公のセリフを吐いていたくらいだ。




“オレは、世界をこの手に治めるんだ!”



幼い藤真は緑色のゼリーを南国の遠浅の海に見立て、必死にそう主張していた。
笑いに紛れてしまうような可愛らしい思い出。
だけどその時の希望に向かって突き進むような恐れを知らない目を、私はとても好きだった。
藤真はあれからずっと変わらない。
忙しくて自分の練習がままならない今も、彼は打倒海南を高く掲げて走り続けている。
子供の頃からの長い長い恋。だけど、藤真が頑張っているところを一番近くで見ていられる私はしあわせだ。





「宝物は月の光の下に埋まってるって話だったよな」






淡くも堂々とした月の光に藤真の色素の薄い髪が透け、茶色い瞳は強く穏やかな意志に満ち輝いている。


話の結末を確認するその言葉には特別な意味が込められてるんじゃないか。そう思わせる何かがあった。






藤真の手がおずおずと私の指をにぎる。
この夜も波打つ事を忘れた海もそして私自身も、月明かりの下にあった。






fin.
2010/3/6
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