非表示の短編用ブック

□お揃いだから
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景色だけを見たら冬みたいに思えるほど真っ白な雲が立ち込めていた空も、夕方には日が差してきた。
ついさっきまで灰色にくすんでいた海が途端に青い色相に変わり、この蒸し暑い陽気とようやく釣り合う。
付き合い出して一番最初の遠出、部活帰りの恋人と海まで。
満足そうな表情を浮かべ水族館を出てくる人達を横目で見ながら歩道を歩く。
曇った空では海の色も綺麗に見えないし晴れてくれて本当によかった。



「ね、言った通りでしょ?」

晴れるから大丈夫という彼の主張通り、ちょうど駅に着く頃に天気が変わり始めたのだった。



「すごい、宗くんは何でもお見通しだね」


「そうだよ」


ふふ、と得意気に笑う宗くんにあたしもふふと笑い返した。
ずっと俺の部活忙しかったし、名無しさんもどっか遊びに行きたいんじゃない?と言い始めたのも彼の方だった。
宗くんにはなんでもバレてしまう気がする。まるで魔法使いみたい。



「あ、今なら宗くんとあたし、同じ身長かも!」


彼を追って砂浜に繋がる階段を降りる時、あたしはふと思いついた事を口にした。そう、だって確かにそう見えたから。


「えーそうかな、まだ届かないよ。全然」



振り返った宗くんはあたしを見下ろしてお気に入りのシュシュでゆるく結んだ頭を撫でた。
名無しさんは可愛いね。やる事が可愛い。
その言葉に誕生日の朝枕元にプレゼントを見つけてはしゃぐ子供のように気持ちが跳ねる。
今みたいに口に出してくれるところが好き。彼を好きな気持ちが満たされてくのがわかるから。




「じゃあもう一段あがってみようかな」


宗くんの瞳を見つめたまま丸い石ごとコンクリートを固めたゴツゴツした階段をそろりと一段あがる。
今度こそ、同じくらいの身長。同じ高さ。宗くんが普段見ている世界。

寄せては返す波、波が引いていく瞬間にまっ平らに均される砂浜に日の光が反射していた。
ザバザバとためらわず水中に足を踏み入れフリスビーを取ってかえる赤い首輪の犬。
心なしかいつもより遠くまで見渡せる気がする。今なら宗くんの心の中も見通せるだろうかと彼の瞳をもう一度覗き込んでみる。



「ねぇ、お揃いだね」


「何が?」



「今見えてるものがお揃い。おんなじぐらいの高さだから」



あはは、確かに。宗くんは笑みを浮かべたあと急にあたしに焦点を当ててこう呟いた。



「やっぱり、可愛い」


宗くんとおんなじになったあたしに与えられたのは魔法のように気持ちが弾む言葉と唇へのキス。



「なるほど、名無しさんがこうしててくれたら俺が屈まなくて済むね」


「今度からいつも背伸びしてみようかな」


「えー?背伸びじゃ全然ムリだよ、俺も屈まないと」


あたし達趣味も得意な事も違うけど、望みさえすれば同じものを見ていられるよ。
時に宗くんが屈んで、時にあたしが台に昇れば。


口づけはおんなじ高さになれる幸せなひととき。
さざ波が唄う夏の夕暮れ、宗くんから大きくて細い手が差し出される。その手を握り返してもう一度、互いの世界を重ねるようにキスをした。



fin.
2009/10/06
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