非表示の短編用ブック

□春を待つ人
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無造作にレールを滑らせただけのカーテンでは土曜の光を遮りきる事はできなくて、簡素な仙道の部屋には一面に気だるげな光の陰が作られていた。




「名無しさん、舐めてごらん」




それ以外に退屈を紛らわす方法がないのだ、という風に投げてよこされた言葉通りに、ベッドに腰掛けた彼の前にしゃがみこむ。
目の前には長い指が、試すような彼の表情が、その先には藍色のカーテンとこの部屋に不釣り合いなほど健全な日の光が揺れている。



デニムを履いた膝を広げ頬杖をついた仙道から差し出される指を、ゆっくりと口内に含む。くちゅ、と湿った音が響いた気がした。
視線を落としたまま、出し入れされる指にただ舌を絡ませる。
剥き出しの床は外気に似合わず冷たい。制服のスカートから伸びる足が少しだけ震えた。





「ちゃんとこっち見て」


「ん…」





何度も突き指をしたという長くごつごつした指に口内をまさぐられれば、知らず知らずのうちに気持ちが昂ってしまう。
目を合わせれば意地悪な視線が私を射抜く。




仙道は私に触れない。期待に震える胸にも、熱情に喘ぐ腿のずっと奥にも。
本当は私を欲して、執着してほしいのに。
名無しさん、好きだよと言って。初めて広い肩で私を抱いたあの日みたいに。





終わりかけの恋は苦い。
仙道に従う事だけが関心を繋ぎ止める唯一の方法で、飽きるまでそれを続けてようやく辿り着く先は、ゆるやかな終着なのだから。




「いい子だね」





私の動作に満足して笑う仙道の顔がぼやけた。
藍色のカーテンが春の風を含んで揺れる。ふうわりと鼻先をくすぐる、いろとりどりの花の匂い。
あたたかな陽気にほぐされた土からは新緑がみずみずしく顔を出しはじめているだろう。




やるせなさが募って募って苦しかった。
いつの日か終わりのない恋がしてみたいと、漠然とそう思った。







fin.
2010/02/01
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