非表示の短編用ブック

□明けた日
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トン、トン、トンカラトン、
トン、トン、トンカラトン、




初詣に向かう人でごったがえす参道のあちらこちらから、飴切りの音が聞こえてくる。仲見世通りには神社の名を冠したせき止め飴を売る店がいくつも立ち並んでいるのだ。
職人さん達が包丁で立てるお囃子のような音に囲まれてちんたら歩くのは気分がよい。お参りして、おみくじを引いて屋台に寄って帰る。
そんな風に新年早々友達と楽しく過ごせると舞い上がっていた気持ちは、境内の片隅にある松の木の下で風に吹かれて儚く消えた。
これも全部、待ち合わせ場所で一人先に甘酒をすすっとった馬鹿でかい男のせいや。そう思いながら境内の端に設けられたトイレから出てくる人、人、人をぼんやり見つめている。







「待ったー?」


土屋のお世話係を任され、もとい押し付けられて数分、先ほどまであかんトイレ行きたい、もれそうやと地団駄を踏んでいた土屋が晴れやかな顔をして出てきた。



「土屋さん、待った!待ちましたけどもね!皆先に行ってしまいましたけどね!」



「名無しさんちゃんたら優しいなぁ、ありがとうー。よし、ほんなら急ごうか」

土屋はいきり立ち、玉砂利をザリザリと踏みながらやかましく歩き出した。








「つめたっ」

新しい年の第1日目に手水舎を流れる水は心なしか一際冷えている気がする。本当は手を清めるのもツラい。
末端神経に支障が出てまうと柄杓を置いて指をこすりあわせようとした時、土屋の腕がにゅっと視界に入った。



「僕にもー」




見上げればご丁寧にわざわざピーコートの袖を捲って嬉しそうに待つ奴がいた。
この、さもやってもらうのが当然という上から目線の態度がクセモノなのだ。
可愛がられ上手の土屋はノートを借りたり課題をやってもらったり購買のおばちゃんから弁当をタダでもらったり、ちゃっかり良いトコどりをしながら生きてきた。
コイツのお世話されたい病は甘やかしたら治らない。自分でやれやと言ってやりたい気もするけど、少なくともおみくじを引くまでは人に優しい良い子でいようと思う。




「はーい、もっと袖まくって〜」



そう優しい返事をしながらむき出しの腕全体に水をかけてやる。
お参りを済ませおみくじを引く直前、土屋がブワクチュンと気の抜けたくしゃみをしたのはこのせいだろうか。





“待ち人来ず失せ物出ず旅立ち十分心すべし”




「だー!凶や!」



「あ、ぼくは大吉や」


待ち人来ずとは恋愛運がないということ。旅行もアカン、無くした物も出てこない。最悪や。
友人をトイレ前で待ってやる親切なこの私が凶でノーテンキな土屋が大吉とはどうかしている。
土屋は軽くヘコんでいる私をよそに大吉と書かれたおみくじをふむふむと熱心に読み、そして私の手からおみくじを奪って細い目をいっぱいに開いた。






「これ、うそやって。このおみくじ間違っとる」



土屋が急にすっとんきょうな声を出した。



「名無しさんちゃんの待ち人はここに居てるで。やから凶ではないなぁ。むしろ大吉?」



「はぁ?別に土屋なんか待っとらんし」



「だってぼくのにはこう書いてあるもん」




自信満々に大吉と大きく書かれた白い紙をこちら側に向け、土屋はところどころ詰まりながら音読し始めた。



“待ち人汝の傍らに待つ。失せ物出る。旅行良し”





「今日ぼくを待っててくれたんは名無しさんちゃん。やからぼくの恋人は名無しさんちゃんや。
気づいてたかどうか知らんけど、小さいくせにイバっとるとこがかわええなーと思っててん」



「は…」



「新年早々二人きりになれるとは思ってなかったけどな。甘酒がぶ飲みしたかいがあったわ」



いきなり何を言い出すんだこの男は。
さらりと告白しておきながらいつもと同じように笑みを浮かべてヘラヘラしている土屋を放って、いや顔を見る事ができなくて、おみくじを折り畳んで木と木の間に張られた縄に結ぶ。なぜだか緊張で指がふるえる。既に何十人分もの願いをたたえた縄は少しだけ苦しそうにしていた。




「そんな低い所に結んでも神様気づかれへんで」



耳に土屋のささやき声、視界には彼の腕が入ってくる。せっかく結んだ紙はほどかれて土屋の手の中に収まってしまった。



「高いとこやったら目立つから、僕の隣に結んであげる。人のお世話するんは苦手やけど、名無しさんちゃんやから特別や」


そう言って土屋は先ほど冷たい水をかけてやったばかりの長い腕を伸ばし、悠々とおみくじを結び始めた。
まだ誰の手も届いていない、何本も張られた縄の一番上。そこに細く折り畳んだ白い紙を二枚、丁寧に巻きつける。



「よしできた。これで名無しさんちゃんの1年も安泰や。さっそく彼氏できてもうたし、あんなおみくじ当たらへん当たらへん」



「スピードくじと違うし、そんなすぐ結果が出るもんやないと思う…」




揚々と歩き出した土屋に向かってつぶやいたそんな言葉は、同じように結果に一喜一憂する参拝客の背中に消えた。
先を行く彼が出店の前で立ち止まりおばちゃんに何か話しかけた。戻ってきた土屋は甘酒を二つ持っていた。





fin.
2010/4/29
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