非表示の短編用ブック

□おいで
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高校の裏手、松林をこえて海の見える場所にたどり着くまでのあの道のりが好きだった。
目の前を塞ぐようにそびえる松の、縫い針のように張った葉と曲がりくねった荒い幹。
それは私の代わりに何かだいじなものを守る門番のようにも見えた。
そしてあの当時の私も、部活のない放課後に彼と二人で体が冷え切るまでただひたすらに海をながめた時間を、何よりもたいせつに思っていたのだった。


波は何千もの砂を洗いながら押し寄せている。
淡いピンク色の花は今日も点々と砂地を這う。



神くんはいつも早足だった。それは私に比べればの話だけど。
190cmほどもある彼の体では、私に合わせてゆっくり歩こうとすればするほど滑稽だった。

砂浜にスタンプされていく彼の靴跡を追って急ぐと、かならずローファーに砂が入り込む。


「おいで、おいでよ」


立ち止まって顔をしかめる私に気づくと、神くんはいつも笑いながら手を伸ばした。
その手を当然のように取っていた妙な自信は、一体どこから来ていたものだったのだろう。




別れてもなお、背の高い、物腰のやわらかい人に彼のおもかげを探すのは
数年ぶりに母校を訪れた折、松林の向こうに広がる海辺へと足を進めたのはきっと、
べたな感傷だけが解決できることがあると信じてやまないからなのだろう。





思い出はパンくずのように日々についばまれ微かになる。
過去に根を張り、あわく消えそうになりながらも決してなくならない思い出の系譜。
それはちょうど夏初めの海辺に咲く、はまひるがおの色だ。



fin.
2012/03/20
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