非表示の短編用ブック

□返り討ち
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つけられていた教室の明かりが存在感を増してきた。外はもう夜に近づいている。


気になっていた相手に気持ちを告げたものの、当人は言い訳と慰めの混じった言葉を吐いて教室を出ていった。


タ、タ、


私一人だけになった教室の目の前に足音が戻ってきた。アイツが忘れ物でもしてたんだろうか。
何でもないような表情を作って顔をあげると、そこには予想に反して大きな体をすぼめ至極すまなそうな顔をした牧がいた。
彼はそろそろと教室に入り、ちょこんと自席についた。





「悪いな、ちょっと聞いてしまった。そんなつもりはなかったんだが…」




「いや、いいよ。ごめんね、気使わせちゃって」



そう言いながらふと、穏やかな牧を困らせてみたい思いが頭をもたげた。幼稚で意地悪でささやかな仕返し。
私に合った慰めの言葉を真摯に考える牧が見たい。




「あのさ、聞かれちゃったから聞くんだけど、さっき振られたばかりの私に何かコメントはある?」




聞き返して時間を稼ぐでも真意を問うでもなく、そうだなと彼は素直に思案し出した。





「振られて苦しむ位なら、俺を想って苦しめばいいと思った」







問いただしたい。この場面でそう言い放つ彼の意図を。

私は赤面しそうになるのを堪えながら窓ガラスに映る教室の明かりを見た。
窓ガラスを鏡にして牧の表情を窺おうと思ったのに、それさえできない自分は意気地無しだ。



たった一言で揺らぐような気持ちを愛などとは言わないだろう。
抱いていたはずの思いから容赦なくメッキが剥がれていく気がした。





「それ、どういう意味…?」




「どういう意味も何も俺の本心だが?」




ようやく言葉を絞りだした私に平然と加えられた更なる一打。
曇りも迷いもない牧の一言は心にするりと入りこんで灯をともす。



彼を最初に好きになればよかった?いやまだ遅くはないのかもしれない。



私はずるい。都合よく早くなる鼓動に半ばあきれながらも次の言葉を探している。
私は牧に惚れてしまったのか、すぐに違う恋に進んでいいんだろうか、そんな自分を許せるのか。
疑問は尽きないまま、生まれもった自分の性質に思いを馳せた。



群青に暮れた中庭、目をこらせば、花を散らせたばかりのヤツデが両手を一杯に突き出していた。




fin.
2009/8/25
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