放課後のshort story


□ジェリーポットに満ちる月
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波の打ち寄せる先がなければ夜に音は生まれない。
外海に向かって突き出した堤防、その内側にある波止場では、遠くから運ばれてきた水のうねりも勢いをそがれている。


海沿いの道を藤真と二人、食材の入った袋を抱えて歩く。
冬に賭ける翔陽のラスト合宿。それももう明日で終わり。
マネージャーの買い出しなんて一年生について行かせたっていいのに、藤真は珍しく「外に出たいしついてってやるよ」と言ってくれたのだった。


買い足した食材のほとんどを藤真が持ち、なおかつ私よりも早いペースで歩いている。
大柄な部員に囲まれている時は意識してなかったけど、筋肉のついた引き締まった背中は逞しい男の人のそれだ。
同じ保育園に通い同じものを食べ、同じ本が好きだった頃はどっちが女の子だか分かりゃしなかったのに、性別の違いとはかくも不思議なものかと思う。





「重いでしょ。やっぱあと1人ぐらいいれば楽だったんじゃない」



「全然余裕ー。でもちょっと休憩な」






「お前も疲れてんだろ。座れよ、俺が許す」



休憩に同意する間もなくパッとテトラポットに腰かけた藤真に、そう呼び寄せられる。
傍らに置いたスーパーの袋が一度だけカサと音を立てた以外は、波の音さえも聞こえない。





夜空は美しい影だった。
青いセロハンを電灯にかざしたときにできるような、光を帯びた影。
その光源を辿れば、出てきたばかりの大きな月がこちらを覗き込んでいる。
二人だけで過ごすこの時間は、不意に巡り会った満月の夜そのもの。部活のみんなが周りにいない、この静けさが嬉しい。


そうやって自分へのご褒美みたいな時間を噛み締める私を現実に引き戻すのは、やっぱり勢いとガッツのある男・藤真だった。





「コーンスープ飲みてー、お前も飲む?」


座ってたら寒くなってきたと身震いしながら数メートル先の自販機に向かって駆けていく。
そしてほどなく、缶を二本持って戻ってきた。





「やるよ」



私がスープを飲みたい気分じゃなかったら、コーンが嫌いだったらどうするつもりだったんだか。
そんなところは抜けているのにプルトップを開け差し出してくる、藤真のよく分からない優しさが好きだ。





「ありがと」



淡く黄味がかった、どろりとした液体がゆっくりと食道をつたっていく。
ほの甘いコーンを口に入れようと上体を反らす最中に視界に入ったのは、先ほどから変わらず湾に浮かぶ、たおやかな月だった。





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